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2008年5月1日
効率的仕事術が日本人にもたらすもの
チーフエコノミスト
増田 貴司

 仕事がら、筆者は日々、原稿や資料作成の締め切りに追われており、夜間や休日に仕事を持ち越してしまうこともしばしばあります。これではいけないと思い、最近、効率的な仕事術のノウハウ本を2冊読んでみました。一つはコンサルティング会社代表ローラ・スタック氏が書いた『定時に帰る仕事術』、もう一つはトリンプ・インターナショナル・ジャパン前社長の吉越浩一郎氏の著書『デッドライン仕事術』で、ともに有益な本でした。  2冊の主張は共通しています。どのくらい長く働くかではなく、どのように働くかが大切だ。そして、「残業すれば終わる」という発想ではなく、「就業時間内に仕事を終わらせる」ことを考えるのが効率アップのカギと指摘しています。また、仕事の対極は「休み」ではなく「遊び」であるべきで、私生活を「休み」にしか使えないような働き方はせず、仕事の効率を上げて私生活の充実を図れと説いています。  こうした考えに基づき、効率的かつスピーディに仕事を進める方法が、こと細かく具体的に列挙されています。筆者もすぐに実行できそうな項目がいくつも見つかりました。  長時間ダラダラと働く人間が多い日本の会社でこんな仕事術が実践されれば、業務効率が大きく改善し、労働時間は激減するに違いありません。付き合い残業やサービス残業、痛ましい過労死も減るはずです。効率的な仕事術の導入は、日本にとって最重要課題と言えるでしょう。  その一方で、へそまがりの筆者は、効率的な仕事術がもし多くの日本人の仕事観まで変えていくとすれば、失われる大切なものもあるような気がします。  まず、日本人の労働を美徳と考える精神、仕事を金儲けの手段でなく自分の成長の糧と考える精神が失われるでしょう。効率的な仕事術は、最少の時間で最大のお金を稼ぐことを追求するもので、仕事は私生活充実のための手段だから、労働時間は少なければ少ないほどいいと説くものだからです。大切な仕事のために時にはプライベートの時間を犠牲にすることを厭わないのは日本人だけがもつ特質だそうですが、これも過去の遺物となるでしょう。  また、常に時間給を意識し、自分の時間を効率的に切り売りすることだけを考える人間ばかりになれば、イノベーションが起こりにくくなるかもしれません。なぜなら、歴史上、画期的な技術や商品の多くは、短期的な効率や利益を考えず、オンとオフの区別なく、寝食も忘れて取り組み続ける人間によって生み出されてきたからです。  更に、日本企業には、社員が決められた守備範囲を越えて「三遊間のゴロを拾う」ような動きをして、問題を未然に防ぐ文化があると言われていますが、これも失われるでしょう。効率的な仕事術の教えでは、「他人の仕事には手を出さない」ことが鉄則だからです。  もちろん、効率的に働くことは誰にとっても必要です。特に、ワーカホリックの人や、無駄に長時間働いて「頑張ってる俺って偉い」と自己陶酔している人は、直ちに効率的な仕事術を学ぶべきです。しかし、分別もつかない新社会人が、いきなり効率的仕事術のマニュアルに変に感化されて、「仕事は手っ取り早く片付けるもので、心血を注ぐものじゃない」と悟りを開くのは、あまり歓迎できません。  そんなことを言っても、もう手遅れなのかもしれません。NHKの「プロジェクトX」をDVDで最近見たという20代の青年が、その感想をこう語っていました。「俺は、別にこの主人公に感動もしないし、尊敬もしないですね。がむしゃらに働いて、仕事で功績は残したけど、全然大金持ちになってないし、どうせ家庭はボロボロでしょ。あんな報われない人生送りたくないですね」日本がこの若者みたいな人間ばかりの国になるのは嫌だと思うのは、筆者が老境に入った証しでしょうか。