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2019年10月15日
「体感」が価値を生む時代の仕事術
取締役 エグゼクティブエコノミスト
増田 貴司

 「モノからコトへ」「モノよりも、体験や物語のためにおカネを使う時代になった」とよく言われます。でも、体験や物語ならば売れるのかと言えば、それだけでは不十分です。人に購買行動を起こさせる源は、心地よい「体感」です。鳥肌が立つような生理的興奮といったような「体感」が伴うことが重要で、それがない体験や物語は退屈で面倒なだけで、人を惹きつけません。  快い体感を与えてくれる対象に向けて発せられる言葉の代表は、「カッコいい」です。小説家の平野啓一郎氏は、近著『「カッコいい」とは何か』で、「カッコいい」という価値をさまざまな角度から掘り下げ、非常に興味深い分析をしています。  同書によれば、「カッコいい」の評価を決めるのは権威ある専門家ではなく、個々の人間の体感です。私たちはしびれるような興奮を与えてくれる対象を「カッコいい」と認識し、夢中になるのです。  体感はロジカルには説明できません。憧れの芸能人のファンの心理がいい例で、ファン自身もなぜその対象にそこまで夢中になるのか理解不能です。アイドルの名前を100 回書く、「推しメン」のイラストをプリントしたT シャツを着る、追っかけをして散財する、関わりがある場所を「聖地巡礼」する̶̶こうしたファンの体感には、理屈や理性が入り込む余地がありません。  最近、企業がデザイン思考やアート思考を取り入れる動きが増えてきたのは、論理では説明できない、人間の体感がビジネスの鍵を握るようになったことが一因だと思います。  企業の立場からすれば、素敵な体感が得られる「カッコいい」ものを提供し、ファンを増やすことが重要課題となります。でも、これはかなり難しい命題です。  なぜなら、第1 に体感は論理的に分析できないため、再現性のある戦略を立てるのが困難です。第2にカッコいいものは、あまりに一般化してありふれた存在になると、カッコ悪いものに転じることがあります。  第3 にカッコいいものは、当初は反体制的、反抗的、不健全とされる領域の中から生まれます。保守派が眉をひそめるようなライフスタイルに関する商品が一大ビジネスになる場合が多いのです。ミニスカートは、昔は履いているだけで風俗関係と思われたそうです。ヒッピーも、もともとは反逆者の風俗だったものが、後に健全な中流階級の間でブームになりました。初めは見下されていた活動が重要な市場に育つため、優等生企業は商機を逃しがちです。急成長しているe スポーツもこの一例と言えるでしょう。  このように、体感で価値を生み出すビジネスは難易度が高いですが、その極意を教えてくれる師匠として筆者が私淑しているのが、サブカルの帝王、みうらじゅん氏です。「マイブーム」「ゆるキャラ」などの言葉の生みの親である同氏を、何だかよく分からない変人と思っている読者も多いでしょう。でも実は同氏は、まだジャンルとして成立していない、皆が知らない「面白いもの」を発掘し、新しい名前をつけ、いろいろ仕掛けをして、世の中に届ける達人です。著書『「ない仕事」の作り方』には、世に埋もれている「グッとくるもの」を探し、新たな価値や市場を作り出すノウハウが満載です。「変人の仕事術が自分の参考になるわけない」という先入観を捨てて、是非ご一読されることをお薦めします。