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2006年5月1日
エコノミストと二千円札
シニアエコノミスト
福田 佳之

 エコノミスト稼業を続けていて、よく人から言われることがある。「資産運用はお得意でしょうね」とか、「どの株が儲かりますか」という類のコメント・質問である。残念ながら、これまでエコノミストを続けてきたが、大金とは無縁の人生を過ごしている。同業者を見渡しても、自らの経済知識をうまく活用して金を儲けたと言う話を聞いたことが無く、むしろバブル崩壊で手ひどい失敗を被ったという話の方が多い。経済学者も貧乏な人間が多いようだ。  専門的になるが、経済学に効率的市場仮説というのがある。市場では株式などの価格に影響を与えそうなニュースは発信された時点ですぐに織り込まれて、価格は適正に決まる。ニュースを目にしてどうしようかと考えていては遅いのである。  かくしてタイミングを逸してばかりで大金にはモテない筆者だが、小金にはいささかモテる。というか、私の財布に細かいお金がわんさか入っていることが多い。特に二千円札がよく私の財布に入ってくる。タネを明かせば、よく使う近くのコンビニのATMが二千円札を取り扱っているせいなのだが、この二千円札、市中で見かけることは非常に少ない。おつりでもらうことはめったになく、二千円札で支払いすると非常に珍しがられる。ミレニアムと九州・沖縄サミット開催を機に2000年7月に発行された二千円札だが、一体どこに行ってしまったのか。  実は、2003年末頃には五千円札の流通量を抜き、ピーク時には5億枚を超えていたという。それが、一昨年の新札の切り替え以降、減少の一途を辿り、2006年3月末時点で2億1,685万枚とその半分にも満たない状況で、なんと岩倉具視の五百円札の流通量を下回っている。これでは見つかりっこない。  二千円札の流通が伸び悩んでいる理由に、二千円札対応のATMや自動販売機が市中に出回らなかったことが挙げられている。二千円札が出金できる計算システムを構築するのにコストがかかるためという。また、大きさが五千円札と紛らわしいことや日本人には二という数字が馴染みにくいという使い手側の要因も挙げられそうだ。  だが、米国では、日本の二千円札に相当する二十ドル札は非常によく使われている。筆者がかつて米国に滞在したとき、なんの違和感なく二十ドル札を使っていた。これぐらいの金額だと高額感がなく便利であり、むしろ五十ドル札や百ドル札が怖くて持ち運べないような気がしたものだ。米国の二十ドル札の流通量の多さには、米国社会ではクレジットカードやデビットカードの普及が進んでいることもあるが、偽札の多さも関係しているのであろう。実際、レストランやスーパーでは五十ドル札や百ドル札は警戒して受け取ってもらえない。日米の二千円札、二十ドル札の流通量の違いには両国のお金に対する考え方が表れているようで興味深い。  二千円札の流通量が再び増えていくのかどうか分からないが、分かっていることもある。それは、悲しいかな、こんなことに関心を持つ筆者には当分大金が入ってこないということだ。