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2006年12月1日
“都民性”について考える
主席研究員(市場調査担当)
岩谷 俊之

 もう15年以上前の話ですが、福井市に出張に行った時に現地の人から北陸3県の県民性の違いについて面白い話を聞いたことがあります。それは「もし一文無しになったら?」という状況下での例え話で、こういうものでした。  もし一文無しになったら…    富山の人は強盗になる(越中強盗)    石川の人は乞食になる(加賀乞食)    福井の人は詐欺になる(越前詐欺)   ははぁ…とは思うものの、これを聞いただけではよく分かりません。しかし解説を聞くとこれがなかなか面白かったのです。  富山は山国で昔から他地域との交流が容易ではなかったせいか「内にこもりやすい」気質の人が多い。一文無しになれば内にこもったものが暴発して強盗などに走る。  一方、石川といえば何しろ加賀百万石。ハングリー精神などという言葉とは無縁のオットリした人が多いから一文無しになればたちまち生活能力ゼロで乞食になるしかない。  これが福井となるともう立派な関西文化圏。金にうるさく口の達者な関西商人的精神性の影響をタップリ受けているから、金がなくなれば詐欺でひと儲け…。  …と、まぁかなり極端な例え話ですが、こうやって地理的・歴史的条件まで絡めて解説されると、北陸3県という近接した地域の中でも気質の差はずいぶんあるんだなぁと感心したものです。  私は東京生まれで今住んでいるところも東京です。東京だって日本の中の一つのローカル・エリアですから、北陸3県と同じようにそこには特徴的な気質、言うなれば「都民性」があってもいいはずですが…都民性…何だかこの言葉だけで早くも「あまり期待できそうもない」という雰囲気になってきます。  東京の都民性って何でしょう? 都会的? 国際的? いや、これらはエリアの特徴であって住民の気質的特性とは言い難い。北陸3県の例えにならって、神奈川県民との気質の差は? 千葉県民とは? と考えてもコレといった違いは思い浮かびません。そもそも東京以外で生まれた人もワンサと住む巨大都市・東京で「都民」などという言葉は単に住民票の登録地域を意味するだけでしょうから「都民性」などという共通の気質特性を見いだそうとしても無理があるのは仕方のないところでしょう。  しかし自分の生まれた土地に特徴的な精神風土が何もないというのはちょっとシャクです。別のアプローチを試みましょう。東京も昔は江戸。東京生まれを江戸っ子と考えれば私だって立派な江戸っ子です。「都民性」がダメでも「江戸っ子気質」となればこれは有名。「こちとら江戸っ子でぃ!気が短ぇんだ!」などの言い回しは落語などでもおなじみです。そう言われると確かに私はせっかちです。けっこう気が短いのです。おお、ちゃんと「私=江戸っ子=江戸っ子気質」の公式が成立するではありませんか。  もっとも江戸っ子は“江戸っ子の定義”にもうるさい。江戸の範囲を示す地理的な指標としてよく引用される「本郷もかねやすまでは 江戸のうち」という有名な川柳がありますが、私の出身はそのかねやす(ちなみに、この店は江戸時代の昔から今でも営業しています)がある本郷三丁目交差点から国道17号線を北上した板橋区。中山道第一の宿場町として歴史のある街とはいえ、この川柳で定義された「江戸のうち」からは大幅にはずれていると言わざるを得ません。そんな私が自分の江戸っ子気質を語るのは、これまた無理があるのでしょうが…。