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2007年5月1日
無表情の関係性
コンサルタント
内藤 陽子

 仕事がら、年に数回、人前に立って話す機会があります。  この時期は、その対象が新入社員である場合が多いのですが、年々強く感じてきていることがあります。  「無表情の人が多くなった」  不機嫌なのではなく、感情が顔に表われていないのです。  小心者の私は、人前に立って話すとき、まずは聴衆に味方を探します。  味方とは、好意的な表情の人や、話へのリアクションをしてくれる人です。  彼らに勇気をもらいながら、その反対、つまり話を聞くことに消極的な人たちへの働きかけを徐々にしていくのですが、困るのがこの無表情組です。  私の話をどう受け止めているのか…興味がないのか、拒否反応があるのかなどと最初はネガティブな推測をしましたが、休憩時間に話をしたり、アンケートを読んでみると、どうやら違うようなのです。  きちんと話は聞いていますし、笑顔つきで「あの話は面白かったです」という感想までもらうと、話す側としては、「面白いならその場で笑ってよ…」などと勝手なことを思ったりします。  さほど重要ではない関係性において、ほどほどに好意を伝えることができる愛想笑いという便利な表情がありますが、彼らは、壇上の私に「面白い」という感情を「愛想笑い」にすら表現しなかったのに、個別に話せば「笑顔」という最上級の表現をしてくれました。   この変化のきっかけは、対象となる人物との心理的、物理的な距離感にあるような気がします。  言葉が届く範囲の興味ある相手との関係は大切にし、素直に感情を表現します。けれど、無表情を向ける相手=遠い対象との関係には興味が薄く、どんな印象を与えるか、どのように思われるかという「感情の発信と受信」に対する感度が鈍っているのではないでしょうか。  しかし、無表情から笑顔への極端な変化を思うと、どうもこれを意図的に行っているとは思えないのです。もしかしたら、ほどほどの関係性を築くための術を知らないだけなのかもしれません。  よく、無表情を「能面のよう」と表現しますが、能面とは、同じ顔形で微笑から悲哀までさまざまな感情を表現するものであり、その表現方法は、役者の力量と、光の加減や演出によるのだそうです。  日本人は、感情を言葉にするのが下手でも、言葉の端々から相手の心情を慮ることに長けているといわれます。繊細な表現方法を得意とするならば、微かな表情から相手の気持ちを汲み取ることもできるのではないでしょうか。   役者の力量は別として、哀楽どちらにも転ぶ表情をどのように効果的に引き出すかは、演出家次第でもあります。壇上で、まず無表情組との物理的な距離を埋めるには、良い演出家となるための感度を上げていく必要がありそうです。