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2010年12月1日
円高を追い風に海外で稼ぐ製造業に注目
チーフエコノミスト
増田 貴司

1.景気見通し: 「景気対策が景気の振幅を拡大する結果に」  2010 年 7~9 月期の実質 GDP 成長率(1 次速報)は前期比年率 3.9%と 4 四半期連続のプ ラス成長となった。エコカー補助金や家電エコポイントの政策効果で耐久財消費が前期比 11.1%増と 89 年 7~9 月期以来の高い伸びとなったことが景気を押し上げた。 しかし、政府も民間予測機関も一致して認めているように、景気は既に踊り場局面入りし ている。10~12 月期はマイナス成長になることが確実視されている(当社予測では前期比 年率▲1.9%)。  今や景気の注目点は、現在の踊り場が景気後退期につながることなく、再浮上するかど うかの見極めである。弊社を含め大方の予測機関の日本経済見通しのメインシナリオは、 2010 年度下期に踊り場を迎えるが、世界経済の回復基調が維持されるなか、在庫調整圧力 は限定的で、日本経済の緩やかな回復の動きは途切れないというものである。10 年度後半 の景気停滞は一時的で、2011 年度入り後は、アジア新興国経済の堅調を背景に、日本経済 も輸出が持ち直し、国内需要も再び上向くと予想される。  日本景気が踊り場入りした背景には、中国や米国の成長鈍化に伴う輸出の減速もあるが、 主因は何と言ってもエコカー補助金の終了に伴う自動車販売と鉱工業生産の大幅な反動減 である。鉱工業生産の前期比伸び率は 7~9 月期の▲1.9%に続き、10~12 月期も▲4.5%(当 社予測)と大幅な減少が予想される。  これほどの生産調整が起これば、通常は景気後退期入りすることが多いが、今回の調整 はリーマン・ショック後の景気底割れ回避のために発動された消費刺激策の終了に起因す るもので、もともと予期されていた制度変更の影響である。  10~12 月の自動車販売が前年比 2 割超の減少になる見通しと聞けば、その落ち込みの大 きさに誰もがたじろぐが、これは本来、カンフル剤である補助金を 1 年半も続けてしまっ たことと、その消費刺激策が効き過ぎたために、かえって終了後の反動減が大きくなって しまったことの結果と言える。景気の振幅の平準化が目的であるはずの景気対策によって 逆に景気の振幅が大きくなったのは皮肉なことだが、この種の裁量的な財政政策にはよく あることである。  当面の日本経済予測の重要ポイントは、①政府の経済政策絡みの制度変更による景気下 押し圧力によって、これまでの「生産・所得・支出の好循環メカニズム」が破壊されずに もちこたえることができるか、②日本の「生産・所得・支出の好循環」の起点となってい る輸出の増勢(=世界経済の成長ペース)の見極め、の 2 点に集約されよう。  ②に関する景気の下方リスクとしては、エレクトロニクスのグローバル生産において日 本と密接な関係にある韓国・台湾の電子部品の生産に足元で陰りが見え、「意図せざる在庫 増局面」に入っており、これに伴い日本からの韓国・台湾向け IT 関連の輸出と生産が落ち 込んでいることは要注意である。  一方、②に関して景気の上振れ機会があるとすれば、アジア新興国の成長ペースの加速 以外には考えられないだろう。 2.金融環境: 「せっかくの非伝統的政策だが、効果は期待薄」  米連邦準備制度理事会(FRB)が 11 月 3 日、追加金融緩和策として新規に 6000 億ドルの 長期国債購入を打ち出し、量的緩和第 2 幕(QE2)に突入したことを受けて、日銀も 11 月 5 日、国債や社債、上場投資信託(ETF)、不動産投資信託(REIT)などを 5 兆円分買い取る 基金の枠組みを決めた。  今回の日銀の金融緩和策は、これまで市場に存在した「日銀は金融緩和に消極的」とい うイメージを打ち破って、非伝統的政策に踏み込んだ点では意義のある措置と言えよう。 しかし、日銀はせっかく「ルビコン川を渡る」金融緩和策を発表したのに、その打ち出し 方や情報発信の仕方に問題があるため、デフレ脱却のために必要な「インフレ期待の喚起」 という効果はあまり期待できないと思われる。  日銀は「中長期的な物価安定の理解」で目指すべきインフレのイメージを示してはいる が、インフレ目標達成にコミットすることについては依然として避けている。日銀の発言 内容やその行間には、「長期国債購入は財政政策の領域に踏み込むことになるから、できれ ばやりたくない」「日本経済の抱える問題の本質は潜在成長率の低下であり、日銀の金融政 策でできることは限られる」「だが、米国が何でもありの量的緩和に踏み込んだ以上は、日 本も歩調を合わさざるを得ない」といった思いがにじんでいる。したがって、日銀が追い 込まれて不本意な政策をしぶしぶ、小出しに実行している印象を免れず、これでは人々の デフレ予想を変え、インフレ予想を起こす効果は残念ながら限定的と言わざるを得ない。 3.注目点: 「円高を追い風に海外で稼ぐ日本企業が増加」  わが国では、円高進行は「輸出立国」の日本経済と企業業績にとってマイナスであると して、株式市場でも株価下落に直結することが多い。  もちろん円高が日本のマクロ景気に悪影響を及ぼすことは確かだが、今の日本企業は円 高への抵抗力が従来よりも高まっていることに注目すべきである。1 ドル=75~80 円の円 高が定着しても、日本の製造業が存続できなくなるということは決してないだろう。  大企業では、円高対応と成長著しい新興国市場をにらんだ生産地と生産量のバランス再 構築のため、このところ海外生産シフトや海外部品採用比率引き上げの動きを急速に進め てきた。このため、グローバル生産体制を構築している日本企業では、為替動向に応じて 販売、生産、部材調達のバランスを最適に調整することで、円高の影響を相当程度軽減で きるようになっている。  そもそもグローバルな生産分業を行っている企業では、「どの国で、どの国製の部材を調 達して、どの国向けの製品を生産するか」に応じて、為替変動のメリット・デメリットは 変わるもので、対ドルでの円高が一概に業績悪化につながるとは言えなくなっている。  一方、中小企業についても、今回の円高よりもリーマン・ショック直後の円高ユーロ安 の方がきつかったとの声が経営者から多く聞こえてくる。  さらに注目すべきは、円高がメリットとなる海外直接投資や海外企業との M&A を戦略的 に進める日本企業が増加していることだ。2010 年上半期の日本企業の対外直接投資の中の 株式資本取得金額は前年同期とほぼ同水準の 219 億ドルで、日本企業の海外進出の堅調傾 向が持続していることを示している。トムソン・ローターの M&A データによれば、今年上 半期の日本企業による対外 M&A は前年同期比 81%増の 193 億ドルと堅調である。ここ 2 週 間のニュースを見ても、デンソーがブラジルへの研究開発拠点設置を発表、曙ブレーキが 自動車部品大手の独ボッシュのブレーキ事業の買収に向け始動、ポンプ大手の酉島製作所 が英国のポンプ部品メーカーを買収、といった報道が目白押しである。  このように日本の製造業は、円高を嘆いて、守りに入っているのではなく、円高がメリ ットとなる海外直接投資や海外企業との M&A を戦略的に進めて、海外で稼ぐ体制を整備し つつある。  日本の製造業は円高抵抗力があり、円高を追い風に攻めの経営も行っている。にもかか わらず、今回は製造業経営者から政府に対し円高対策を求める声がかつてなく大きく聞こ えてくるのはなぜか。それは自社の経営についての SOS 発信ではなく、このままでは企業 の海外生産移転が加速して国内の雇用が減少することは確実で、それでもいいのですかと 警鐘を鳴らしているからであろう。  円高対策として政府がなすべきことは、中小企業の資金繰り支援のような応急措置とし ての痛み止めだけではなく、国内の空洞化を防いで雇用を創り出す骨太の産業活性化策で ある。政府は、内外の企業が日本でイノベーションを起こすことを支援すると同時に、日 本企業のグローバル展開を応援し、海外で稼いだ利益を国内に還元する活動を促す政策を 推進すべきである。 (本稿は、2010 年 11 月 17 日 QUICK「エコノミスト情報 VOL.616」として配信されま した)