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2016年7月5日
新技術の普及遅らす帆船効果
チーフエコノミスト
増田 貴司

 革新的な技術が出現すると、旧来産業が負けじとばかり既存技術を改良して競争力を高 める結果、既存技術が延命し、革新技術の普及時期が遅れることがある。この現象は「帆船 効果」と呼ばれる。19 世紀初頭に蒸気船が実用化されたが、旧来の帆船は即座に蒸気船に 駆逐されることなくむしろ進化を遂げ、かえって帆船が活躍する時代が長引いたという事例に 基づく用語である。  帆船効果は最近でも起こっている。燃料電池車や電気自動車の開発進展を背景としたガ ソリンエンジン車の進化、電磁調理器の登場を受けたガスコンロシステムの発展などがその 例だ。  世間ではパラダイムチェンジを起こす新技術ばかりが注目され、新技術は登場から普及ま でに長く複雑な過程をたどることが見落とされがちだ。次世代を担う新技術が出現しても、旧 来技術からの代替がどのようなペースで進むか、新旧技術が一定期間共存するのかといっ たことは不確実であり、経営者がそれらを予測するのは容易でない。新技術が実用化される タイミングや、新旧技術陣営の戦略的攻防、受け入れる社会・顧客側の要因等によって、成り 行きは変わってくる。  今進行中の第四次産業革命がどのように世界を変え、10 年後のビジネスの姿がどうなる かは、誰も正確に予測できない。だからいくら筋のいい技術でも、一点買いの開発投資を行う のは危険だ。  個々の企業の戦い方には、①新技術を活用した事業開発を急ぐ、②あえて既存技術に商 機を見いだす、③新技術と旧技術のどちらが伸びてももうかる事業を手掛ける、など多様な 選択肢があり、どれが正解かはわからない。俊敏に開発と検証、トライ&エラーを繰り返し、 時代に適合した事業の方向性を見定める、柔軟な企業行動が求められる。 (本稿は、2016 年 7 月 1 日 日本経済新聞夕刊「十字路」に掲載されました)