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2008年11月1日
文化人はコーヒーがお好き
シニアエコノミスト
福田 佳之

私は大のコーヒー好き。毎朝の目覚めの一杯、仕事はじめの一杯が欠かせません。そこで今回のお題はコーヒー。コーヒー好きでない方、ちょっとごめんなさい。 先日、神戸にあるUCCコーヒー博物館を訪れました。コーヒーの起源やコーヒーが出来上がるまでの過程などを取り上げていて、非常に興味深くつい長居してしまったのですが、その展示のなかにUCC コーヒーの歴史について説明した一室があります。 皆さんは缶コーヒーを発明したのが日本人であることをご存じですか。その人とは、UCC上島珈琲株式会社創業者の故・上島忠雄氏です。彼が駅のホームでビン入りのミルクコーヒーを飲んでいるとき、発車のベルが鳴ったために、やむなく飲みかけのビンを売店に戻さざるを得ませんでした。そこで上島氏はこう思ったそうです。「缶入り飲料にすれば車内にも持ち込めるから無駄なことをせずに済む」。いくつかの難題を乗り越えて生まれたのが、皆さんもご存じの「UCCコーヒーミルク入り」です。1969年の発売当初は売れなかったそうですが、1970 年の大阪万博の会場で販売したところ、全国的なブームとなり、缶コーヒーが日本の社会に定着したわけなのです。 社会に馴染んだといえば、インスタントラーメンもそうです。日清食品株式会社創業者の故・安藤百福氏が1958年に発売したのがその「チキンラーメン」。その前年に経営していた信用組合が破綻し、彼は47歳で無一文の状態に追い込まれてしまいました。そんな彼が取り組んだのが長年の夢であった「チキンラーメン」の開発です。同商品の開発における一番の難題は乾燥させた麺をすばやくお湯で戻せるようにすることでしたが、彼はある時、妻が天ぷらを揚げているのを見て、麺を油で揚げる方法を思い付いたそうです。 缶コーヒーもインスタントラーメンも今や日本の文化の一部になっていますが、ここに至るまでには、積み重ねてきた製品の改善に加え、優れた宣伝も大きな役割を果たしています。上島氏は、新幹線沿線にわざわざ支店や工場を建て、その屋上に巨大な看板を出すほどでした。安藤氏も発売翌年には新聞広告、そして1960年には早くもテレビCMを打っ ています。テレビの効果といえば、1972年の浅間山荘事件で機動隊員が「カップヌードル」を食べていたシーンがテレビで繰り返し放映され、「カップヌードル」への大量注文が日清食品に殺到したそうです。両氏はともに偉大なイノベーターですが、同時に優秀な宣伝マンだったといえます。 さて、タイトルですが、上島氏が1955年頃にコーヒーに人々の関心を引き付けようと用いたキャッチフレーズです。私は文化人というには程遠い生活を送っていますが、一杯のコーヒーを片手に出社する日は続きそうです。