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2018年11月16日
聞いているようで聞いていません
研究員(繊維調査担当)
安楽 貴代美

 日頃から、機関誌に掲載する記事や調査報告書の作成のため、人に会って話を聞き文章に書き起こすことがよくあります。お忙しい方々に時間をいただき、全く知らないビジネスのあり方や、知っているつもりでも分かっていなかった業界内の常識、これまで無かった斬新な着眼点など、貴重なお話をお聞きすると、目から鱗という感覚になることも多く、いろいろな刺激を受けられるのが、調査業務のだいご味の1つと言えます。  ヒアリングの際は、ほぼ毎回レコーダーを持参し相手に許可を取ってから録音をしています。これは、業界用語や固有名詞などについて後で確認するために行うのですが、通常であれば話したそばから消えてしまうのが当たり前の音声を、形としてメモのように残すという機会は、日常の会話ではあまりないかもしれません。  ところで、この音声ですが、改めて聞き直してみると、思わぬところで相手の言葉を聞き逃していることに気づき、驚くことがあります。自分のヒアリング能力の問題も大きいところですが、傾向として、ある程度相手の話の流れを掴んで理解したなと感じた時に、ついそれ以外の部分を聞き逃すことが多いようです。内容はさまざまですが、話題の中心から新たに派生しそうだったテーマや、論旨を補足できるキーワードだったりするため、一旦、話し手の意図を補いながら原稿を作成し、改めて齟齬がないかを本人に確認することにしています。この際、聞き逃した内容を自分なりに補完することで、当初は見過ごした別の切り口に気づいたり、一歩踏み込んだ解釈ができたりすることもあります。  実際のヒアリングの場では、説明資料や商品などを見ながら、身振りや表情、アイコンタクトによる共感や、声のトーンアップによる盛り上がりなどに集中することで、対面する相手の話をしっかり聞きだすことが必要ですが、時間を置いて第三者的な立場で音声を聞き直すのも新たな発見がありなかなか面白い作業です。  一方で、聞くことに集中しているヒアリングの場面でさえ、耳を素通りする言葉があることを考えると、常日頃、公私にわたってどの位相手の話を聞き取れているのか、あるいは聞き逃しているのか、一抹の不安がよぎります。急いでいる時、他に気になることがあるとき、聞いたつもりで聞き流していることが往々にあります。既に知っていると感じる話題や、自分には関係性を感じない話題でも、いつの間にか意識がそれてしまいます。  そんな風に簡単に聞き手の集中が切れることを考えると、反対に、人にじっくり話を聞いてもらうのがどれだけ困難なのかが分かります。それを前提にすれば、例えば仕事上人前で話す際などは、一度に全てを聞き取って理解してもらおうとするのは現実的ではなく、伝えたい内容を絞り込んで、同じ話を何度でも繰り返す根気こそ重要とも思えます。また、聞き手の意識をそらさない魅力的な話し手には憧れるものの、話下手な私にしてみれば、むしろ相手は案外聞いていないと割りきってしまう方が緊張せずにすむ気もします。  聞くことも話すことも仕事として集中すれば相応のエネルギーを要しますが、だからこそ、グッタリと疲れた後は話半分聞き流すくらいの他愛のないおしゃべりの場が無性に恋しくなるのかもしれません。