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2006年8月1日
現場主義のススメ
チーフエコノミスト
増田 貴司

 「現場」と聞いて皆様は何の現場を想像されるでしょうか。技術者なら開発の現場、営業マンならセールスの現場、推理小説マニアなら殺人現場を思い浮かべるかもしれません。  現場の重要さを実感させられる身近な例の一つに、人気映画『踊る大捜査線』の中で織田裕二扮する青島刑事が叫んだ有名なセリフがあります。「事件は会議室で起きてるんじゃない。現場で起きてるんだ!」これは多くの人々の共感を呼び、記憶に残る名セリフとなりましたが、それはこの言葉が多くの組織人が直面する「情報不足の本部と権限を持たない現場の壁」を鋭く指摘し、現場主義の大切さを訴えるメッセージ性を持っていたためだと思います。  現場がなぜ重要なのでしょうか。それは、現場からは多くの発見が得られるからです。「現場主義の達人」の一人である中坊公平氏(元日本弁護士連合会会長)は、こう語っています。「警察の捜査でも現場百遍と言う」「現場が持っている威力というのはすごいものなんです。まさに人間にとっての生きるための知恵であり、万能薬なんですね」1  実際、日本経済を見渡すと、強い企業や地域再生事例の成功の秘訣を探ると、必ずといっていいほどそこには現場主義があります。トヨタやキヤノンの強さを支えているのは現場重視の経営です。また、昨年、筆者は元気のいい中小企業を何社か取材させていただきましたが、いずれも「強い現場」づくりのお手本といえる会社でした。  最近人気を呼んでいる北海道旭川の旭山動物園もそうです。廃園の危機にあった旭山動物園が夏の入園者数日本一になるまでに見事に生まれ変わったのは、熱意ある飼育係の「現場の知恵」を出し合う仕組みがあったからこそでしょう。  エコノミストも机上の論理や文献調査だけでなくて、様々な現場に関心を抱き、どんどん現場に出るべきだと思います。  これは筆者の体験談ですが、今から10数年前、某銀行の調査部にいた筆者は、官庁在籍のエコノミストチームと飲み会をする機会がありました。雑談をしていて、最新の経済論文に造詣が深い彼らに感服したのですが、一方で大変驚かされたのは、彼らはSMAPのキムタクや中居君のことについては、何とその存在すら知らなかったことです。ちなみに、当時既に彼らは飛ぶ鳥を落とすほどの人気者で、街角でSMAP を知らない人間を探すのが難しいほど有名になっていました。経済分析に余念がないのはいいけれど、SMAPも知らない人たちに日本経済の本当の姿が把握できるのかと、筆者は一抹の不安を抱いたものです。  この時です。筆者が「自分は俗世間のことが分かるエコノミストになろう」と決意したのは・・・。根がシャイで生真面目な筆者ですが、これ以降、意識して外に出て世俗にまみれる努力をするようになりました。何をするにも「これは単なる遊びじゃないんだ。エコノミスト修行のためなんだ」と自分に言い聞かせますと、罪の意識がなく心おきなく行動できるので好都合です(このやり方、お勧めですよ!)。  最後に、シンクタンクと現場の関係について一言触れたいと思います。徹底した現場調査で定評のある一橋大学の関満博教授が、次のような趣旨の発言をされています。「地方自治体がシンクタンクにやってもらった調査はほとんどが役に立たない。なぜなら彼らはお金をもらっている時だけ地元を愛そうとしているだけで、地域のことを本当には愛していないから、地域との信頼が深まらないし、地域に何の記憶も残さない」2。これは、シンクタンクにとっては大変耳の痛い指摘です。調査マンとしては、1回現場に行った位で現場を分かった気になってはいけないということでしょう。本当の現場主義を実践するのは生半可な覚悟ではできないということを、われわれは肝に銘じる必要がありそうです。 1 『日経ベンチャー』「現場に神宿る」2003年8月 2 関満博(2002)『現場主義の知的生産法』