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2015年4月1日
今日の常識は明日の非常識
チーフエコノミスト
増田 貴司

「常識を疑え」- 傑出したイノベーター(革新者)が口をそろえて語る言葉です。大きな仕事をしようと思えば、常識を疑うことから始めよというわけですが、これは凡人には難しいことです。   常識を疑うことに関連して、筆者が最近注目している分野が二つあります。一つは生物に学ぶ考え方。もう一つはビッグデータ分析による人間行動の研究です。   一つ目の生物の話ですが、厳しい生存競争を勝ち抜いてきた生物には、人知の及ばない、優れた技術がたくさん詰まっています。近年、生物が持つ機能や仕組みを模倣して、新しい技術の開発や性能向上に結び付ける取り組みが進んでいます。例えば、いつもピカピカのカタツムリの殻の表面の構造を模倣することで、雨が降れば自動的に汚れが落ちる外壁タイルが開発されました。イワシの群れが仲間との距離を認識して衝突せずに泳ぐ仕組みを応用して、集団走行するロボットカーを開発した例もあります。   生物から学べるのは、ものづくりのヒントだけではありません。生物は私たちに、生き残るための戦略を教えてくれます。それを楽しく学べる好著が、稲垣栄洋『弱者の戦略』、宮竹貴久『「先送り」は生物学的に正しい』の2冊です。   私たちは、「弱い者でも、人一倍努力すれば勝てる」と考えがちですが、生物の世界ではそんな甘い根性論は通用しません。弱い生物は、群れる、隠れる、死んだふりをする、環境変化に応じて朝令暮改する、といった戦略を駆使して初めて生き残ることができるのです。また、人間社会では、弱者を支援して自立させることが是とされますが、生物の世界では、弱者は強い者に寄生して生き残るのが常套手段だといいます。   二つ目の、人や社会に関するビッグデータ分析の話に移りましょう。人間行動や社会現象はこれまでデータの計測や実験・観察が困難でした。ところが、最近ではITの発展により、人間や集団の行動の正確な観察データが容易に入手できるようになり、大規模な実験も行えるようになりました。   望遠鏡の発明が天文学に革命をもたらしたように、ITの進化は測定不能なものを測定可能にすることで、人間行動に関する常識をくつがえす力を持っています。それを実感させてくれる本が、矢野和男『データの見えざる手』です。   同書によれば、電話セールスのオペレーターの成績が何で決まるかを分析したところ、個人のスキルや性格は全く関係がなく、「休憩所での会話の活発度」という意外な要因が成約率に影響していたそうです。職場の活気(身体運動の活発さ)が高い生産性につながることが明らかになり、立ったままの打ち合わせや、オフィス内を歩きながらの会話も、職場の生産性向上に有効だそうです。   筆者は、日頃極度の運動不足で、体を動かすといえば、貧乏ゆすりとPCのキーボードたたきくらいですが、どうやらこの運動を自粛する必要はないようです。むしろ、激しい貧乏ゆすりをしながら周囲の人間に話しかけ、キーボードをバチバチたたいてリズミカルな騒音を響かせた方が、職場の生産性アップに貢献できそうです。   振り返れば、「スポーツ練習中に水を飲んではいけない」「基礎体力を鍛えるにはウサギ跳びが一番」「コーヒーは胃を痛め、体に悪い」といった昔の常識は、今やどれも覆っています。「今日の常識は明日の非常識」「今日の非常識は明日の常識」といった事例が、今後ますます増えるに違いありません。