close

2017年4月3日
横着がイノベーションを生む
チーフエコノミスト
増田 貴司

「楽は苦の種、苦は楽の種」と昔の人は言いました。今の苦労は将来の楽につながるから、苦労をいとわず目の前の仕事に全力で取り組むべきという教えです。最近は価値観が変わってきたとはいえ、日本社会全体ではまだこうした教えが美徳として残っているようです。    でも、事業や開発の現場では、この教えが邪魔になる場合もあります。苦労するのが美徳であるため、現状のやり方が効率の悪いものであっても、我慢して黙々と続けることが奨励され、改善の工夫や革新の芽をつんでしまう恐れがあるのです。    IT業界では、我慢する人間はつぶれる可能性が高く、横着な人間が大成するそうです。そもそもコンピューターは人間が横着するための道具で、「手を抜くにはどうしたらいいか」を必死で考える人が成功するというのです。    人間が楽をするための技術が大事なのは、IT業界に限りません。1950年代に電気自動炊飯器が発明され、急速に普及したのは、家事にかかる労力を大幅に削減できる商品だったからで、だからこそ台所革命をもたらし、女性の生活様式を一変させる画期的商品になりました。携帯電話の普及によって、私たちは待ち合わせ場所を正確に決めず、行き当たりばったりでも落ち合えるようになりました。スマートフォンでいつでもどこでも情報を検索できるようになったことで、多くの手間を省けるようになりました。    つまり、革新的な技術が発展・普及する背景には、横着したい、面倒な作業から解放されたいという人間の欲求があるのです。この意味で、仮想現実(VR)や拡張現実(AR)の技術には、間違いなく将来性があり、商機があるでしょう。    VRやARの技術を使えば、数年後には仮想世界の立体映像を人間の回りにまるで現実世界のように映し出し、体験できるようになるそうです。そうなれば、現実の行動・体験の代わりにバーチャルだけで完結するサービスを提供するビジネスが登場してきます。    在宅でバーチャル空間に出社して働いたり、遠隔地から現実の会議に出るようにバーチャル3D会議にクリック1つで飛んで行ったりできるようになります。余暇にはVRで世界遺産めぐり・スポーツ観戦を楽しみ、その場に行ったような体験ができます。こうなれば、リアル体験のかなりの部分がバーチャル体験へと置き換わるのは確実です。リアルよりバーチャルの方が圧倒的に楽だからです。    そんなものぐさな人間を増やすVRなど歓迎できないという読者もいるかもしれません。しかし、人が楽をできるVRは、高齢化社会において高齢者の「生活の質(QOL)」の向上に役立つ技術でもあるのです。バーチャル化すれば、直接その場に行かなくても、肉体的な衰えを克服して、働いたり遊んだりできます。外出困難な後期高齢者が、代理旅行という形で、もう一度訪れたい場所へ足を運び、360度カメラで現在の風景を撮影して回ることもできます。老人が離れた場所にいる友人や家族とVR空間でリアルタイムに交流するサービスも登場するかもしれません。    VR はしょせん娯楽のツールなどという偏見を持たず、人が横着できる技術の持つ底知れぬ可能性を探求すべきです。そのためにはまず体験し実感することが大事。こう言って、筆者は今だに「ポケモンGO」をやり続けていることや、ハウステンボスに今春オープンした日本最大級のVR アトラクションを体験しに行くことを正当化することにしています。