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2014年4月9日
鮮明になったデフレマインド払拭 
チーフエコノミスト
増田 貴司

1.景気見通し: 根拠薄弱、ムード先行の悲観論に惑わされるな  筆者は 2014 年度の日本の景気シナリオを過去半年間、ほとんど変えていない。すなわち、 「消費税率引き上げ後も緩やかな景気拡大持続」という従来シナリオを維持している。米国 量的緩和縮小に伴う新興国市場への悪影響、中国の信用バブル崩壊懸念などのリスク要因 はあるが、基本シナリオを変更すべき理由はないからだ。  安倍政権は消費税率引き上げ後の景気腰折れに最大級の警戒心を持ち、その回避のため に 13 年度補正予算に基づく経済対策(国費投入額約 5.5 兆円)を発動したほか、経済界に異 例とも言える賃上げ要請を行ってきた。これらの効果も手伝って、2014 年度は、経済対策 関連で公共投資が高水準を維持する、海外景気持ち直しを背景に輸出が増加し外需がプラ スに転じる、企業収益改善により設備投資が増加する、雇用・賃金の改善傾向が明確化する、 などのプラス材料が見込まれる。このため、駆け込み需要の反動減による落ち込みは4~ 6月期のみで終わり、7~9月期以降は、回復軌道に戻る公算が大きい。  ところが、2014 年に入ってから、市場の一部で日本経済失速論が頭をもたげてきた。そ の背景として考えられる要因は、①円安にもかかわらず輸出数量が伸びてこず、「貿易立国」 崩壊が意識されたこと、②月次の経常収支の黒字縮小・赤字化を見て、構造的な経常収支赤 字化の懸念が台頭したこと、③消費税増税前の駆け込みと反動減の騒動を取り上げたメデ ィア報道を見て、改めて増税の影響が不安になったこと、④日本の株価上昇が頭打ちとな り、アベノミクスへの失望感が出てきたこと(第1、第2の矢の効果は薄らぎ、第3の矢と して今年6月に発表される成長戦略第2弾も期待はずれに終わるとの観測)、の4点が挙げ られる。  しかし、これらはいずれも景気回復シナリオを崩壊させる要因にはならない。①は、海 外生産シフトや電気機器等の世界市場シェア低下により、円安でも輸出が伸びにくい構造 になったことは確かだが、海外経済の拡大が続く限り、タイムラグを伴って輸出は伸びて いく。輸出を起点とした前向きの循環メカニズムが消えたわけではない。②の経常収支は、 高水準の対外純資産、投資収益の増加傾向などを背景に、収支の赤字が定着することはな く、2014 年度以降、趨勢として経常収支黒字幅は緩やかに拡大する見通しだ。③は従来想 定と変わったことは何も起きておらず、情緒的な要因に過ぎない。④は株価伸び悩みの主 因は米国金融政策の変化などの外部環境要因と考えられる。第1、第2の矢の効果が長続 きしないことは分かっていたことであり、成長戦略が市場から辛口の評価を受けるのも今 に始まったことではなく、昨年6月の成長戦略第1弾の際にも見られた現象である。  要するに、一部で浮上している日本経済失速論はムード先行で、根拠に乏しい。こうし た悲観論が語られる理由の1つは、市場では変化のないシナリオが嫌われることにある。 「消費税率引き上げ後も緩やかな景気拡大持続」というシナリオが現実になったかどうかが 確認できる時期は、7~9月期の経済統計が出そろう 12 月上旬まで待たねばならない。常 に新規材料を欲する市場では、同一の見方が長く続く状態は歓迎できないから、景気変調 シナリオが台頭しやすいのである。  根拠薄弱、ムード先行の悲観論に惑わされることなく、景気実態を冷静に把握するよう にしたい。 2.金融環境: 米国出口戦略の見極めが最重要ポイント  市場は、日銀が 14 年夏までに追加金融緩和を実施することを期待し、織り込んでいる。 日本経済が消費税率引き上げ後の減速から回復軌道に戻るのを確実にするためには、日銀 はタイミングよく追加緩和に踏み切る以外の選択肢はないだろう。市場の期待を裏切れば、 アベノミクス下の景気回復を支えてきた円安・株高の流れが逆回転する恐れがあるからで ある。  米国が量的金融緩和の出口戦略を粛々と進め、米国債等の買い入れ額の縮小に動いてい る中で、これから追加緩和に動く日本にとって、「異次元緩和」の出口戦略をどうするのか は非常に難易度の高い課題である。だが、今後1~2年は日銀が出口戦略に着手できるよ うな環境は整わないだろう。当面は、米国の出口戦略がどのような動きになるのかを注意 深く見極めることが最重要ポイントとなる。現在の日本経済にとって最大の下振れ要因は、 米国の量的緩和縮小に伴う金融市場混乱(新興国からの資金流出、先進国の株価下落等)に より世界経済が減速するリスクであるからだ。  米国にとっても量的緩和縮小を秩序だったやり方でうまく着地させることは容易ではな く、今後もある程度の波乱は避けられないだろう。日本は米国の経験から将来の出口戦略 のための貴重な教訓を学ぶ必要がある。 3.注目点: デフレマインド払拭という画期的変化に注目せよ  再びデフレに後戻りするリスクが消えていないという理由で、政府によるデフレ脱却宣 言は見送られているが、ここにきて企業や家計のデフレマインドの払拭が鮮明になりつつ ある。  97 年以来 17 年ぶりの消費税率引き上げで、値上げの春が到来したが、実は消費税増税前 の 13 年度下期から多くの製品・サービスで値上げが相次いでいる。そして今のところ、こ れらの値上げの多くは消費者に受け入れられているように見える。13 年 11 月に 22 年ぶり の値上げをしたヤクルトの乳酸菌飲料、14 年2月に 23 年ぶりの値上げをしたタカラトミー のミニカー「トミカ」は、値上げ後も売り上げは堅調である。  注目すべきは、消費者に見放されないように、単に値段だけ上げるのではなく、商品の 質を高めて値上げをする企業が増えていることだ。商品の価値を高めて増税分以上に値上 げをする企業もある。一方で、増税後も税込み価格を据え置き、低価格戦略で集客を図る 企業もある。  グローバル競争激化を理由に、大多数の企業が値上げをできず、安売り戦略を指向する 時代が約 20 年続いてきたが、それが今大きく変わりつつある。価格転嫁がしやすい環境に なり、企業が多様な価格戦略に挑戦できるようになった。また、安く売るための工夫では なく、価値あるものを高く売るための仕組みづくりに注力する企業が増えてきたことも重 要な変化といえよう。  こうした中、企業でこれまで値下げしかしたことのなかった若手・中堅社員が値上げを経 験するといった事例が増えている。日銀短観(14 年3月調査)の販売価格判断DI(「上昇」 -「下落」)を見ても、大企業のDIは製造業、非製造業とも上昇傾向にあり、駆け込み需要の反動減を見込んでいるにもかかわらず、先行き(3カ月先)の価格判断が低下していない。 これは企業のデフレマインド脱却が本物であることを示唆している。  また、今年の春闘では、21 世紀に入ってほとんど実施されていなかったベースアップ(ベ ア)が多くの企業で復活し、ベアに伴う賃上げを初めて体験する労働者が増える見通しだ。 賃上げの動きは中小企業にも広がっている。帝国データバンクが実施した 14 年度の賃金動 向に関する調査によれば、中小企業のうち 47.6%は賃上げ(ベアや一時金の引き上げ)を予 定しており、この数字は 07 年の調査開始以来最も高い。  「待てば待つほど物価は下がり、先行き給料も上がらない」と考えるデフレマインドが払 拭され、物価も賃金も緩やかに上昇するのが当然と考える人々が増えつつある。このこと は、日本のデフレ脱却に向けての画期的な変化である。  ただし、この画期的変化はアベノミクスがもたらした光明面(ライトサイド)であるが、 これを得るのと引き換えに大きなリスクを背負ったという暗黒面(ダークサイド)も認識す る必要がある。異次元緩和で事実上の財政ファイナンス(中央銀行による財政資金供給)に 踏み込んだことで、日本国債暴落(長期金利急騰)のリスクが高まっている。また、第1、 第2の矢は時間稼ぎの政策であり、生産性上昇をもたらす第3の矢(成長戦略)が不発に終 われば、持続的成長は実現しない。財政再建策と成長戦略に本気で取り組むことにより、 暗黒面の発現を回避する必要があることを忘れてはならない。 (本稿は 2014 年 4 月 9 日 QUICK「エコノミスト情報 VOL.690」として配信されました)