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2012年5月1日
味見と火加減
部長(人材開発部)
小西 明子

 某TV 局の情報番組に、若い女性に街頭で料理を作らせるコーナーがあります。スキー場や海水浴場、遊園地などで、つかまえてきた、二十代前半くらいまでの若い女性に、酢豚、揚げだし豆腐、アジフライ、だし巻き卵など、家庭でお総菜として出されるおなじみの一品をレシピなしでその場で作ってもらうというものです。並んだ魚のどれがアジか分からず、サバやカマス、はたまたアジの開きをフライにしてしまう人、「トロミづけ」のため大量のかたくり粉を直接鍋に投入して正体不明のゲル状物体を作り上げる人、トンチンカンな調味料ですさまじい味に仕上げる人など…珍場面続出です。レギュラー出演者が眉をひそめたり、爆笑しながらそのVTR を鑑賞した後、プロの料理人が「正しい作り方」を披露。笑いながら見ている私も、街頭で突然言われたら逃げ出すしかないなと思うメニューもありますし、プロの作り方を見て、いつものやり方がいかにいい加減なものか、思い知らされることもしばしば。若い人を笑えないと思うことも多いのです。  経験のない若い女性が正しい作り方で料理できないのはある意味当然のことですが、見ていて気になるのはむしろ、画面の中の彼女たちが「味見」や「火加減」をしている場面がほとんど見受けられないことです。たぶん、番組の編集上、ことによれば意図的にカットされている部分もあるかもしれませんが、多くの人が味見をせず、色や濃度などの外見で「もうちょっとかな…」などとつぶやきながら調味料を追加投入していますし、カセットコンロの火力はいつも最大、ついには油に火が入って大騒ぎというのもおなじみの風景。味見も火加減も、料理の上達には欠かせない基本行動だと思うのですが、彼女たちは料理というプロセスがそうした五感を使った微調整を必要とするということを習ったことがないように見えます。  仕事場面になぞらえても、「味見」や「火加減」というのは重要な行動ではないでしょうか。途中で「味見」をしながら調味料を加えて自分の出したい味に近づけていくのは、仕事の節目節目で最終的なゴールに至る道筋を誤っていないか確かめ、求められるアウトプットを出すのに必要な打ち手は何か考えることと似ていますし、調理の各段階で強火・弱火・とろ火など調節しながら仕上げるのは、プロジェクトの進行の中でじっくり温めて内容を練るべきときと、一気呵成(いっきかせい)にエンジン全開で進めるべきときがあるのと似ています。  料理の場合はレシピの中で基本的な火加減や味付けのタイミングが示されていて、レシピどおりに作ることを繰り返すうちに自分なりの感覚が身についてくるのでしょう。仕事はどうでしょうか?マニュアルどおり、指示どおりに仕事を進めていく中で、自分なりの味見、火加減でおいしい味、美しい仕上がりを追求できるように成長させるための指導の工夫はなされているでしょうか?「そこでちょっと火加減してみて」「自分なりの味付けを工夫してね」など、仕事の指導に便利な比喩はそのうち通じなくなるのかも、と心配しながら、TV 画面の豪快な調理ぶりを眺めています。