close

2013年8月30日
経済史に学ぶイノベーション政策
チーフエコノミスト
増田 貴司

 イノベーションが経済発展をもたらす原動力になることは広く認識されている。政府の 成長戦略の中でもイノベーション推進が標榜されている。しかし、従来のイノベーション 重視策は、必ずしも産業競争力につながっていない。 イノベーション政策で成果を上げるためには何が必要か。人類の経済発展の歴史に学び つつ、考察してみよう。  米国の経済学者ダグラス・ノース氏は、著書「経済史の構造と変化」で、さまざまな国 の経済発展の違いは所有権の構造の違いで説明でき、それを決めるのは国家だと指摘して いる。英国で産業革命が起こったのは、前提条件として国が所有権を保護し、技術革新を 行う者が私的利益を享受できる制度が導入されていたからだ。  日本の成長政策でも、人々の行動を規定する制度の改革が重要だろう。特許権者の利益 と特許発明を利用する者の利益の両立を図るなど、イノベーションの創出に資する知的財 産権制度の整備に本腰を入れるべきだ。  ノース氏はほかにも興味深い指摘をしている。産業革命の進行中には、渦中にいる人々 に革命が起きているという認識はなかった。また、工場制の導入などの表面的な現象が注 目されるが、それは変化の本質ではない。投入物と産出物の正確な測定が可能になった結 果、分業が進み、組織のイノベーションが起きた点こそが重要な変化だという。  さらに、画期的な発明が実用化されるまでには長い時間を要する。ワットが蒸気機関を 発明したのは 18 世紀だが、蒸気船が帆船に代わる存在になったのは 19 世紀末だった。  こうした経済史の知見に学べば、「旬」の技術テーマの開発に精を出すだけでは、事業化、 収益化につながらない恐れがあることが分かる。新技術の潜在力を引き出すような組織変 革や新市場を創造するための仕組みづくりに注力することが肝要だ。 (本稿は、2013 年 8 月 30 日 日本経済新聞夕刊「十字路」に掲載されました)