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2013年4月24日
"株高の持続は成長戦略次第"は大ウソ
チーフエコノミスト
増田 貴司

1.景気見通し: マインドだけでなく実体も回復している  日本の景気は堅調に推移している。景気ウオッチャー調査(内閣府)によれば、足元の景 況感を示す現状判断指数は3月に 57.3 へと上昇し、2006 年3月に付けた過去最高水準に並 んだ。2012 年春に、海外経済の減速を主因に足踏み状態(軽い景気後退局面)となった日本 経済は、2012 年 10~12 月期中に底入れし、2013 年1~3月期以降は明確なプラス成長に 回帰したことが確実となった。  今回の景気回復にはいつもと異なる特徴がある。通常、日本の景気回復の初期は輸出主 導である。輸出の回復を起点として生産が拡大、企業の設備投資が上向き、企業収益増、 賃金増を待ってから、家計の消費が伸びるのが普通だ。  ところが今回は、輸出が回復しないうちに生産が底入れした(エコカー補助金終了後の自 動車販売の反動などの需要減少に素早く対応して在庫調整を終えたことが背景にある)。さ らに、今回は企業部門よりも先に家計の消費が回復したこと、それも賃金がまだ増えてい ないのに消費が予想外の強さを見せているという特徴がある。この背景に安倍政権の政策 がもたらしたマインド改善があることは間違いない。  安倍政権の経済政策(アベノミクス)は、スピード感あふれる政策発動、巧みなプレゼン テーションと段取りのよさによって、人々の心理(期待)を大きく転換させることに成功し た。消費者態度指数(内閣府)は、今年1月以降、そそり立つ壁のような角度で急上昇して いる。全国津々浦々の消費や投資の現場で、人気予備校教師のテレビCMでの名セリフを まねて「いつやるの。今でしょ」と語っておどける人が増殖しているのは、人々の心理の変 化を象徴する現象だ。過去 10 数年にわたり、待てば待つほど値段が下がるデフレの環境に 慣れ親しんだ日本人が、潮目の変化を感じとっていることが、この言葉を流行語に押し上 げた一因と考えられる。  「期待の変化で円安・株高が進み、マインドが改善しただけで、実体経済は回復していな い」という言い方がよくされる。しかし、実は期待の変化は既に実体にまで及んでいる。期 待に反応しやすい金融資産への投資、宝飾品、高額品の消費だけでなく、衣料品、飲食、 レジャー関連支出など幅広い分野の消費が堅調である。5月 16 日発表される1~3月期の GDP1次速報では、個人消費が成長を牽引する姿となり、期待が実体を動かしているこ とが確認されることになろう。 2.金融環境: 異次元緩和がもたらす出口なき国債購入の罠  日銀は4月3、4日の金融政策決定会合で、「異次元」と称されるほど大胆な「量的・質的 金融緩和」を導入した。金融調整目標を従来の無担保コールレートからマネタリーベース (日銀が供給する資金量)に変更し、マネタリーベースを2年間で2倍にすると約束したほ か、国債の保有額とその平均残存期間を2倍にするとした。さらに、2%のインフレ率目 標を2年以内に実現すると明言した。  黒田東彦新総裁率いる日銀は、就任直後に市場の予想をいい意味で裏切る(ポジティブ・ サプライズを与える)ことに成功し、市場との対話能力の高さを世界の市場関係者に見せつ けた。アベノミクスの第1の矢である「大胆な金融緩和」は、日銀のレジームチェンジを内 外に印象づけ、世界の投資家に日本が世界第3の経済国という事実を思い出させ、リスク 志向の機運を高める役割を果たしたと言えるだろう。  一方、異次元緩和に踏み切って、市場の賞賛を浴びた代償として、日銀は新たなリスク と副作用の懸念を抱え込むことになった点に注意する必要がある。  第1に、日銀が発行額の7割強というあまりにも多額の国債を買い取ることで、国債価 格の健全な市場機能が失われてしまい、長期金利に歪みが発生したり、制御不能になるリ スクが高まった。  第2に、出口なき国債購入の道にはまり込み、日銀が財政リスクを引き取ることで財政 赤字を膨らませることが可能になる仕組みができてしまった。今後、日銀が国債買い入れ を停止、もしくは毎月の購入ペースを緩めるだけで、市場は引き締めに転じたと解釈し、 国債価格の暴落につながりかねない。このため、際限のない国債購入へと突き進むリスク が高まり、将来、市場に日銀が財政ファイナンスを行っていると受け止められる危険性が 増大した。このリスクを回避するために、安倍政権は信頼に足る財政健全化策を早急に打 ち出す必要がある。  第3に、日銀は従来、小出しの緩和で政策効果を減じてきたことの反省から、今回は、 現時点で考えられる措置をすべて発動した形である。このため、今後いざという時に講じ られる有効な手段がほとんど残っていない可能性がある。 3.注目点: "株高の持続は成長戦略次第"は大ウソ  アベノミクスが標榜している「3本の矢」は、①大胆な金融政策、②機動的な財政政策、 ③民間投資を喚起する成長戦略、の3つである。  このうち「第3の矢」について、安倍首相は4月 19 日、医療分野(健康長寿社会)と女性の 就労促進を軸とする成長戦略の第1弾を発表した。今後6月までに、都市の国際競争力を 高める国家戦略特区の創設、規制緩和などを含む第2弾、第3弾の成長戦略が出てくる予 定だ。  「アベノミクス効果の持続性のカギは、成長戦略が握っている」という言い回しがよく聞 かれる。円安・株高を背景としたマインド改善に支えられて上向いてきた景気がさらに改善 するか失速するかは、6月に公表される成長戦略次第という考え方だ。もっと直接的に、「日 本株の上昇が続くかどうかは、成長戦略次第」と言う者もいる。しかし、こうした考え方は 全く的外れである。  その理由は、第1に、そもそも成長戦略の役割は、短期の景気刺激策ではなく、中長期 的に日本の潜在成長率を高め、民需主導の持続的成長を可能にするための施策であるから 即効性はない。  第2に、日本経済にとって必要な成長戦略と市場が求める成長戦略との間にはズレがあ る。本来必要な成長戦略は、経済成長を阻害する要因の除去や「6重苦」の緩和につながる ものだが、これらの政策で進展があっても、市場は必ずしも好感しないだろう。市場が欲 するのは、日本株投資への熱い視線をサポートするストーリーやシグナル、サプライズな どであり、中長期的な日本経済の姿や将来発生する副作用やひずみなどには無関心だから である。  金融政策においては、黒田総裁が実行したように、市場との対話が重要で、時として市 場にポジティブ・サプライズを与え、期待を変化させることが求められる。しかし、成長戦 略は、市場の投資家や投機家を喜ばせることを主目的にしてはならない。日本を「世界で企 業が一番活動しやすい国」(自民党の政権公約)にするために必要な措置を着実に講じるこ とにより、企業が日本における事業展開に対する自信を強める環境づくりを推進すべきで ある。  成長戦略で株式市場の期待を変えることを狙ってはならない。企業が抱く日本経済の期 待成長率を上向かせ、国内での設備投資と賃金引き上げに対する企業の自信が深まるよう な、地に足のついた成長戦略が打ち出されるかどうかに注目したい。 (本稿は 2013 年 4 月 24 日 QUICK「エコノミスト情報 VOL.665」として配信されました)