close

2017年9月4日
見えないものが見えるとき
研究員
川野 茉莉子

昨年息子が誕生し、母となりました。初めての出産を前に助産師さんから受けたひと言にはっと気づかされました。「妊娠して急に周りに妊婦が増えた気がするでしょう? でも妊婦さんは以前から周りにいたのに見えていなかっただけなのよ」。  確かに妊娠し、日に日にお腹が大きくなる中で、道端や電車の中でお腹の膨らんだ妊婦さんや、一見気づかないけれどマタニティマークをかばんに付けた妊婦さんが急に目に飛び込んでくるようになりました。そして不思議なもので、産後ベビーカーや抱っこひもで子供を連れて歩くようになると、近年の出生数減少を疑うほど、至る所で赤ちゃんや子供が目に入ります。  人間の視覚は五感のなかで最も発達していて、情報の8割が目から、すなわち視覚からの情報であると言われています。しかし、目に入ったもの全てが認識されているわけではありません。例えば自分の鼻は常に視野に入り網膜にも投影されていますが、PCの画面を見ているときに自分の鼻が邪魔で視界が遮られるという人はいないと思います。視覚情報は視床で整理され、必要な視覚情報だけが大脳皮質で選択されて「認識」されているためです。もし視界に入った情報全てが認識されていたら、脳はパンクしてしまうことでしょう。発達障がいを抱える人の中には聴覚過敏の症状を持つ人がおり、周りの人には気にならないような日常生活の音が苦痛を伴う異常な音として過敏に感じられ、不快感や苦痛を伴い、社会生活を困難にすることもあります。人間の脳は視覚、聴覚などさまざまな情報を無意識のうちに取捨選択し、情報整理を行っているのです。  一方、第3次ブームを迎え、現在注目を集めているAI(人工知能)では画像識別能力が飛躍的に向上しており、自動運転を支える技術としても応用開発が進んでいます。高性能な「目」として働く高速カメラを搭載したAIを街中で歩かせたら、妊婦、赤ちゃん、高齢者、障がい者など、個人の興味・関心によっては無意識のうちに不要な情報として処理されていた、多様な情報をもれなく瞬時に検知することが可能でしょう。電車の中で優先席を必要とする高齢者や障がい者、妊婦、駅の構内でエレベーターやおむつ替え台を探す赤ちゃん連れ、街中で外国語での道案内を必要とする外国人旅行者など、AIが対象となる人物の特徴を把握し、さらにその人の行動を予測したり求める情報を提供したりすることで、バリアフリー社会へ一歩近づくのではないでしょうか。  1歳3カ月を迎えた息子は、目に入るあらゆるものに興味を持ち、右に左にキョロキョロと忙しく、時に指さしながら未知の情報を吸収していますが、この先繰り返しの中で少しずつ重要な情報を取捨選択する術を身に付けていくのでしょう。  しかし、ヒトは疲れや忙しさのために、時に見えていても「見えなかったもの」として気づかぬふりをすることがあります。膨大な情報を前にしても、疲れ知らずなAIが教えてくれる気づきをもとに、ヒトは人間独自の思いやりの心を持って行動することが、ヒトとAIが共存し、進化するこれからの社会に求められているのかもしれません。