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2016年3月1日
成長の実感
シニアコンサルタント
福田 貴一

もう間もなくで年度が替わります。学生の時は学年が上がることでステップアップを感じていましたが、この「一段上がる実感」は時の流れによって自然と湧くものではないことを社会人になって知りました。できなかったことができるようになったり、知らなかったこと知り分からなかったことが分かるようになったりすると、その変化は心を満たしそこに充実を感じます。そして、さらなる意欲を駆り立てます。時を重ねるだけで成長実感を得ることが難しくなったわれわれ大人にとって、活力を維持し心の健康を保つ意味でも内面で生じるこうした前向きな変化を自ら創っていくことは大切に思うのです。さて、そのヒントはどこにあるのでしょうか?  その一つとして私が重要に思うのは「何かを達成するという機会を意識的に持つ」ということです。その内容の難易度が重要なのではなく、あくまでも主観的な動機とその人に応じたレベル設定による挑戦、そしてその達成に意味があると考えます。「したい」と思うことを成し遂げる経験は「できた!」という自信と「やったぁ~!」という喜びをもたらします。それによる意識や行動のちょっとした変化を肯定的に受け入れることができた時、それまでとは違う新たな自分を発見することができるようになります。この自己発見こそ前向きな変化、つまり成長を実感する瞬間ではないかと思うのです。  こうした実体験を積むことの重要性はむしろ幼少期において言えそうです。それは成人以降に自らを成長させる原動力、つまり自己成長力や自律的なキャリア形成とも関係していると考えます。  私は3年くらい前から時間を作ってランニングをしています。初めのころは約1キロある公園のコースを2~3周するのがやっとでした。しかし続けていくうちに、コース1周のタイムを気にするようになったり、いつもは3周で終えるところを「もう1周」さらに「もう1周」と延ばしたりして、今では週に一度はそのコースを10周走るくらいになりました。今年の正月休みには、自宅から片道10キロほどの神社までの往復を完走する程になりました。自分自身のこうした変化は率直にうれしいですし、恥ずかしながら私にとっては成長を感じる出来事です。 しかし、この成長へのアプローチをふり返ってみると、物足りない思いも芽生えてきます。もし仮に「10キロを1時間以内で走ること」とか「ハーフマラソンに出場し完走する」という目標をその達成したい時期とともに掲げ、それに向けて計画を立て適切な準備をして取り組んできたならば、今とは違った自分に出会えていたかもしれないという思いです。私がたどった「積み上げ型成長」と、改めて認識した「目標設定型成長」。大きな成長には後者のアプローチが有効でしょうが目標に対する動機が不可欠です。前者は積み上げていく過程自体にモチベーションが高まります。 自分の経験を基に意味づけしたこのコラムは私にとって自己発見の機会となりました。そこから生じる内面の変化を次なる力にしていきたいと思います。