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2014年8月21日
通説をうのみにするのは危険
チーフエコノミスト
増田 貴司

 「現状維持は退歩なり」という格言がある。環境が変化する中で事業を営む以上、自分が 立ち止まっていては、今の地位にとどまれないという意味だ。企業が生き残るには、環境に適 応して自らが変わることが必須であるが、問題はどう変化するかだ。  注意すべきは、識者が推奨する定番の対応策が正解とは限らないことだ。東京理科大学大 学院イノベーション研究科講師の岸本太一氏らは、長野県諏訪地域に立地する中小企業が 過去の環境変化にどのように適応して生き残ってきたかを分析している。この研究で導き出さ れた結果は、通説とは違っていて興味深い。  中小企業の戦略の王道とされる「製品差別化によるニッチ市場狙い」の事例は実は尐なく、 顧客の新商品の開発・普及の支援で顧客をひき付けている企業が多かったという。また、も のづくりの強さの源泉はよく語られる「コア技術」ではなく、既存の製品や工程を顧客の要求 に沿ってアレンジする能力にあったと分析している。  さらに、一般には「事業構造の抜本的変革」が不可欠と叫ぶ風潮があるが、諏訪の例では 抜本的な事業転換を実施した企業は尐なかった。既存業務の日常的なアレンジによって新 規分野の顧客を獲得していく中で、事業構成を緩やかに変化させて生き残った企業が主流で あった。  学ぶべき教訓は、通説や常識を現実の企業経営に安易に当てはめるのは危険ということだ。 確かに、通説の決まり文句を使えば自社の現状をもっともらしく説明できるし、定番の処方箋 のひな型を切り貼りすれば見た目のいい戦略を効率的に立案できる。だが、通説をうのみに して自ら思考することを怠ると、自社の本当の強みを認識できず、進むべき方向性を見誤り、 自社の大切な資源を不用意に失う恐れがあることを肝に銘じたい。 (本稿は、2014 年 8 月 21 日 日本経済新聞夕刊「十字路」に掲載されました)