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2012年4月27日
なぜ輸出の回復が緩慢になるのか
<景気・金融環境見通しと注目点>
チーフエコノミスト
増田 貴司

1.景気見通し: 輸出の回復が緩慢になる理由  2012 年度の日本経済は、①復興需要の本格化による官公需や住宅投資の増加、②エコカ ー購入支援策による個人消費の下支え効果、③海外経済の持ち直しを背景とした輸出の回 復、等が景気押し上げ要因となり、緩やかな回復軌道をたどる見通しである。  つまり、「政策頼み」(①、②)と「輸出(海外経済)頼み」(③)である点が今の日本景 気の特徴である。  政策頼みに関して言えば、当面の注目点は、新車販売好調を受け、早ければ7月末に予 算切れで打ち切りになる可能性のあるエコカー補助金の影響である。補助金目当ての商戦 が空前の盛り上がりを見せているだけに、補助金終了後には大きな反動減が懸念される。 日本経済はまだ自律的な回復力が弱いため、エコカー補助金に限らず、復興需要や各種政 策の効果が途切れるたびに、景気失速懸念が浮上し、さらなる政策発動への期待が高まる といった展開が今後 1~2 年は続くと予想される。  次に「輸出頼み」の景気回復については、決して特殊なことでも恥じるべきことでもな い。近年の日本の景気回復は例外なく、「輸出を起点とした外需主導の成長エンジン」の始 動によってもたらされている。輸出の増加による生産や所得の回復を通じ、設備投資や個 人消費などの国内民需が本格回復するというのは、日本の景気回復の王道である。ただ、 今回問題となるのは、海外環境、国内環境の両面に、肝心の輸出の回復力を弱らせる要因 が存在していることだ。  海外環境の問題点は、今回は欧州債務問題の影響などにより海外経済の急回復が期待で きないため、輸出の回復テンポが鈍くなることである。  次に国内環境の問題点は、最近日本産業に 2 つの構造変化が生じているために、海外経 済が回復しても、輸出の回復に弾みがつかない可能性が高いことである。  第 1 の構造変化は、日本のお家芸だった最終製品の分野で、新興国企業が競争相手とし て台頭し、良質な製品を量産するようになった結果、供給過剰と激しい価格下落に見舞わ れ、技術力では勝る日本企業の製品が輸出競争力を失いつつあることである。薄型テレビ がその典型例だ。  第 2 の構造変化は、日本企業のグローバルな国際分業パターンが変わってきたことだ。 これまで日本企業の海外生産シフトは、日系企業の海外工場での最終製品の生産が増える ほど、それをまかなう先端部材の日本からの輸出が増加する形の国際分業体制をつくりあ げているという特徴があった。しかし、最近では先端部材の生産拠点についても日本国内 でなく海外に設けるケースが増えてきた。また、日本企業の海外生産拠点において、部材 を日本からではなく現地や第 3 国から調達する割合が上昇している(例えば、輸送機械の 日系現地法人の仕入れ高の現地・第 3 国調達比率は、2010 年に 76%と 2000 年の 62%から 大幅に上がっている)。  これらの理由から、今回の日本の輸出の回復ペースは、従来より緩慢なものになると覚 悟すべきである。 2.金融環境: 日銀は及び腰の対応を続ける  日銀は 4 月 27 日に「経済・物価情勢の展望(展望リポート)」を発表する。ここで示さ れる日銀政策委員の物価見通しは若干上方修正されるとしても、日銀が 2 月に公表した「物 価安定の目途(英文ではゴール)」である 1%には全く届かない数字になるはずだ。しかも、 現在の 1%というゴールは世界の他の中央銀行の物価目標(2%前後)と比べて低く、デフ レ脱却への本気度を疑われかねない水準である。  こうした中、「これまで腰の重かった日銀がようやく動いた」と認識している市場は、今 後も当然ながら追加の金融緩和(さらなる国債購入)や物価安定の目途の引き上げを要求 し続けるだろう。  日銀の 2 月 14 日の政策決定は、市場の期待を上回る内容とタイミングで株価上昇と円高 是正をもたらし、それまでの日銀批判をかわすクリーンヒットとなった。だが皮肉にもそ の結果、日銀は市場や政府から際限のない緩和要求を受け続ける状況に追い込まれたと言 える。  戦後の先進国で初めてデフレに直面した日本の中央銀行として、日銀は昨年までデフレ 脱却に向けた金融政策のフロントランナーだったが、今や FRB(米連邦準備制度理事会) の政策の後追いをする立場となっている。  日銀は従来、日銀の長期国債保有額(資産買入等の基金による保有を含む)は流通銀行 券残高を超えないというルールを設けていた。しかし、今年 2 月の政策変更によって、今 後、日銀による長期国債買い入れはこの「銀行券ルール」を逸脱した未体験ゾーンに入り、 政府債務の日銀引き受けの領域に踏み込むことになる。先進国で最悪の財政状況にある日 本において、日銀は「中央銀行による財政のファイナンス」と市場に受けとられないよう に注意を払いつつ、国債購入のさらなる増額をいかに進めるかという難問に直面している のである。  こうした事情から、日銀は量的緩和を大胆に強化することには慎重にならざるをえない だろう。このため、市場における追加緩和期待の盛り上がりに対して、日銀の政策対応が 及び腰に見えるような展開が当面続くことが予想される。 3.注目点: 親ビジネス路線への転換はあるか  企業が国を選ぶグローバル化の時代の国家経営は、国内を魅力ある投資環境に整備し、 その国土で企業に存分に活動してもらい、雇用を生み、税収をあげる努力なしには成り立 たない。この観点から、俗に「6 重苦」と呼ばれる日本の立地上のデメリット(円高、通商 交渉の遅れ、高い法人税率、過剰な労働規制、温室効果ガス抑制策、電力不足)を放置す ることなく、これらを緩和する政策、言い換えれば「親ビジネス的政策」を推進すること が望まれる。  この点に関し、政権交代以降、民主党政権の経済政策はアンチ・ビジネス的な色彩が強 く、またリーダーシップ不在で「何も決められない政治」と揶揄されることが多かった。 しかし、局面は少しずつ転換し始めている可能性がある。 昨年秋以降、ビジネス環境の改善や産業振興を図る政策が徐々に打ち出されつつある。2011 年度第 3 次補正予算で国内投資の補助金の拡充などにより、国内での立地促進と雇用創出 を図る施策が導入されたほか、復興特区では新設企業の法人税を 5 年間原則無税にするな どのインセンティブが設けられた。また、円高対策として日本企業の海外企業買収を促進するための融資枠を設ける施策も始まっている。  先行き注目されるのは、TPP(環太平洋経済連携協定)の行方である。現状、TPP など 貿易自由化交渉の進展に向けた取り組みは遅れている。大型連休中に開催されるとみられ る日米首脳会談で TPP 交渉参加方針を野田首相がオバマ大統領に正式表明することは難し いと思われる。しかし現政権の政策に対する産業界や国民の期待値がもともと非常に低い だけに、今後 TPP 推進で何らかの前進があった場合には、株式市場等で大きなポジティブ・ サプライズが発生することは間違いない。  与党の経済政策がいつの間にか「意外に親ビジネス路線」に転換していたことに、市場 が気づく場面がいずれ訪れる可能性があるのではないだろうか。 (本稿は 2012 年 4 月 25 日 QUICK「エコノミスト情報 VOL.651」として配信されました)