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2015年6月11日
"捨てたもんじゃない"日本の底力
チーフエコノミスト
増田 貴司

1.景気見通し: "捨てたもんじゃない"日本の底力が景気を下支え  国内景気は、2012 年 11 月に底入れして以降、緩やかな回復基調が続いている。14 年4 月の消費増税の影響により 14 年度上期の景気は足踏み状態となったが、14 年度下期以降は 緩やかな回復基調に戻っている。  先行きも景気回復基調が維持され、15 年度の実質GDP成長率は 1.7%程度になる見通 しである(14 年度実績は▲0.9%)。そう予測する理由は、今年度の日本経済には次のような 複数の追い風が吹いているからである。①原油安が企業収益を押し上げるとともに家計の 購買力を高めること、②企業収益増加と人手不足を背景とする賃金上昇(15 年春闘における 賃上げ率は 2.59%と 17 年ぶりの高い伸びになった)が消費を下支えすること、③企業業績 改善を背景に設備投資が緩やかに増加すること、④14 年度補正予算による経済対策の効果 が 15 年度の内需を下支えすること、⑤円安定着を背景に輸出が緩やかに増加すること、と いった景気押し上げ要因である。  上記の5つは多くの景気見通しで指摘されている定番の追い風であるが、筆者はこれら に加えて、次の3点も景気押し上げ要因になると考えている。  第1に、円安の定着を背景に製造業の国内回帰の動きが予想以上に顕在化してきている ことだ。これまでは、「円安になっても日本の製造業は「地産地消」(顧客に近い場所で製品の 開発・製造を行うこと)の行動原理で動いているため、生産・投資の国内回帰の動きは限定的 で輸出も伸びない」との見方が通説だった。しかし、足元ではかなり幅広い分野で製造業の 国内回帰とみられる動きが出てきている。この背景には、円安メリットの享受やアジア諸 国の賃金上昇に加え、低価格よりも高品質を求める需要者側の意識変化、メイドインジャ パンの安全・安心ブランドを活用する企業の増加などがある。足元の国内回帰の広がりは、 製造業の海外生産比率の上昇傾向を反転させるほど本格的なものではないが、それでも先 行きの景気の下支え要因になることは間違いない。  第2に、インバウンド需要(訪日外国人による消費)が想定を上回る伸びを続けていること だ。訪日外国人数はこのところ過去最高記録を何度も更新している。訪日外国人旅行者数 の急増は今年2月の中国の春節時の一時的なものではなく、その後も伸び続けており、日 本の外国人旅行者吸引力が確実に高まっていることを示唆している。観光庁の試算では訪 日外国人消費が 14 年の名目GDPを 0.1%pt 押し上げたとされるが、今年はさらに大幅な 押し上げ効果が期待できる。  第3に、日本は高付加価値部品・材料分野において高い世界シェアを誇る「部品・材料大 国」であるが、最近その実力が表面化している。例えば、日本メーカー製電子部品の世界出 荷額は、13 年4月以降 15 年3月まで 24 カ月連続で前年比増加(3月は前年同月比 14.9% 増)を続けている。今後も、世界のスマートフォン需要の拡大、スマホの高機能化に伴う電 子部品搭載個数増加、自動車の電装化の進展、IoT(インターネット・オブ・シングス)関連 需要の増加等を背景に、日本メーカー製電子部品は堅調な伸びが見込まれる。  以上3点は、いずれも目新しい要因ではないが、これまでことさら景気の援軍としては 東レ経営研究所「エコノミスト・アナリストのコラム」 2 カウントしていなかった項目だ。これらの「日本の底力」が"捨てたもんじゃない"パワーを見 せつけて、景気を下支えする展開になると筆者は予想している。 2.金融環境: 米国利上げ開始時期を探る展開が続く  このところ、長期金利の変動幅が大きくなっている。背景には、①米国の利上げ開始時 期に市場の注目が集まる中で、米国経済指標の強弱や要人発言に過敏に反応するようにな っていること、②中央銀行が国債を大量に購入しているため債券市場における流通量が減 っており、需給要因から金利が振れやすくなっていること、といった要因がある。今後も、 当面の間、米国利上げ開始時期を探る展開が続き、長期金利の振れ幅が大きくなることが 予想される。  周知のように、日本銀行による現行の「異次元緩和」は、インフレ目標達成のために大量 の国債買い入れを続ける副作用として、中央銀行が「財政ファイナンス」(財政赤字の穴埋め) を行っていると市場に受け止められ、国債価格の暴落(長期金利の急上昇)を招く危険と隣り 合わせである。政府が消費税率 10%超への引き上げの議論を封印したことにより、この副 作用が顕在化するリスクはさらに大きくなった。これを回避するには、信頼できる財政健 全化計画を定め、実行することが不可欠である。この意味で、今年6月末に政府が決める 財政健全化計画が国際的な信認を得られるかどうかが重要なポイントとなるだろう。 3.注目点: 腹をくくって攻めに転じた日本企業  2014 年度は日本の上場企業の経常利益が7年ぶりに過去最高を更新したほか、売上高経 常利益率も 2000 年以降で最高になるなど、日本企業の「稼ぐ力」が向上している。こうした 中、最近、腹をくくって攻めに転じる日本企業の姿が目立つようになってきた。次の2つ の現象に注目したい。  第1は、異業種間競争を仕掛ける日本企業が増加していることだ。 近年、業種の壁を超えた異業種同士の競争が激化してきた背景には、デジタル技術の発 展による知識の「形式知」化やモジュール化の進展などにより、後発者の模倣が容易になっ たことや、様々なモノとモノ、モノとヒトがネットワークでつながったことにより、誰で も低コストかつ短時間で自分のアイデアを事業化できるようになり、新規参入のハードル が下がったことなどがある。  こうした潮流の中で、異業種に攻め込まれて市場を奪われる脅威に身をすくめるのでな く、成長機会として異業種間競争を能動的に仕掛ける日本企業が、ベンチャー企業だけで なく大企業・中堅企業でも増えてきた。例えば、IT化が進む自動車分野では、日本の電機 メーカーや精密機械メーカーなどが相次いで先進運転支援システムに参入している。ロボ ット分野でも、電機大手が介護ロボットや、人間が立ち入れない危険な場所で活躍するロ ボットなどの領域に参入している。  第2の現象は、世界市場の攻略に挑む日本企業が増えてきたことだ。14 年度に日本企業 が行った海外企業に対するM&Aは、件数・金額とも過去最高を更新した(レコフ調べ)。円 安進行で買収案件の割高感が強まっているにもかかわらず、日本企業が海外市場の成長を 取り込むための布石として海外企業を買収する動きが活発化している。  リスクが大きいことを理由に海外事業展開を手控えるのではなく、将来の成長機会の獲 得や強みの構築のために、積極的にリスクを取って世界に挑む日本企業が増えている。例 東レ経営研究所「エコノミスト・アナリストのコラム」 3 えば、15 年5月、テルモは世界最大の医療機器市場である米国市場に治療機器ステントの 分野で新規参入した。また、三井不動産は、15 年6月、ロンドンで大規模再開発事業を始 めることを発表した。  異業種間競争を商機ととらえる日本企業の増加、世界市場に挑む日本企業の増加は、い ずれも「変化した日本」を印象づけ、日本のデフレマインド脱却を後押しする心強い材料と 言えるだろう。 (本稿は 2015 年 6 月 11 日 QUICK「エコノミスト情報 VOL.713」として配信されました)