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2019年9月11日
体感が価値を生む時代
エグゼクティブエコノミスト
増田 貴司

 「モノ」よりも「体験や物語」のためにおカネを使う時代になったとよくいわれる。だが体験や物語なら何でも売れるわけではなく、鳥肌が立つような興奮といったような、快い体感が得られるものが消費者に選ばれる。つまり、人間に購買行動を起こさせる源は体感なのだ。  体感はロジカルには説明できない。芸能人の追っかけや「聖地巡礼」をするファンの体感には理屈や理性が入りこむ余地がない。最近、企業がデザイン思考を取り入れる動きが増えているのは、論理では説明できない人間の体感がビジネスの鍵を握るようになったことが一因であろう。  企業の立場からすれば、心地よい体感が得られる「カッコ良い」ものを提供してファンを増やすことが重要課題だ。だがこれは極めて難しい。  なぜなら、まず体感は論理的に分析できないため、再現性のある戦略を立てるのが困難だ。またカッコ良いものも、あまりに一般化すると、カッコ悪いものに転じることがある。  さらにカッコ良いものは、当初は反体制的、反抗的、不健全な領域の中から生まれる。保守派が眉をひそめるようなライフスタイルに関わる商品が一大ビジネスになる場合が多い。例えばヒッピーは反逆者の風俗だったが、後に健全な中流階級の間で流行した。初めは見下されていた活動が重要な市場に育つため、優等生企業は商機を逃しやすい。急成長しているeスポーツもこの一例かもしれない。  「人間の体感を刺激する新たな価値を生み出す」というミッションを成功させるには、「こういうものを世の中に届けたい」といった人間のパッションを原動力にして、既成概念にとらわれない自由な発想力で商品やビジネスモデルの開発を進めることが不可欠だ。 (本稿は、2019年9月11日 日本経済新聞夕刊「十字路」 に掲載されました)