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2021年5月19日
「コンフォートゾーン」と 日本の企業社会
部長(産業経済調査部)
 チーフエコノミスト
福田 佳之

  「コンフォートゾーン」という言葉がありま す。最近、あるブログを読んで知った言葉です。 どうやら自己啓発セミナーの世界ではよく使う 言葉のようでして、居心地のよい場所という意 味ですが、ビジネスパーソンが仕事に安心して 取り組めていると感じる状況でもあります。「コ ンフォートゾーン」で仕事に取り組んでいると きには、自身が現在持っているスキルや経験で 問題なく進めていくことができ、あまり苦労す ることはありません。むしろ、仕事の出来栄え で周囲から尊敬されたりすることもあります。 とりわけ、専門性の高い仕事を生業としている ビジネスパーソンは「コンフォートゾーン」で 仕事を遂行することが多いのではないでしょう か。  問題は、ビジネスパーソンが「コンフォート ゾーン」に居続けると新たな経験を積むことが できず、自身の能力をあまり伸ばせないことで す。さらにいうと、彼らが過去に獲得した経験 やスキルにこだわってしまうことで、起きつつ ある構造変化の予兆に機敏に対応することがで きなくなることがあるかもしれません。自己啓 発セミナーの世界では「コンフォートゾーン」 から抜け出して多少ストレスの掛かるラーニン グゾーンなり、ストレッチゾーンに進むことを 推奨しているようですが、そんな簡単な話では ありません。むしろ、そういったことができな いからこそ、その種の自己啓発セミナーがもて はやされるのだろうと思います。  20 年以上前の話です。筆者が前の会社を辞 めて海外に留学するときに当時の上司から宴席 で言われた言葉があります。「社会人の能力向 上はスロープではなく、階段状になっていて、 一つひとつの階段を上るにはかなりの苦労が必 要だが、一つひとつ上っていくと必ず能力が向 上するようになっている。日本のサラリーマン 社会のよいところは、社員に仕事上の課題を段 階的に与えて強制的にスキルを伸ばし、経験を 積ませていくところにある。君はこうした世界 から離れるのだから今後は大変だよ(だから、 自身の置かれた状況をしっかり認識して能力向 上に努めるのだよ)」みたいなことだったと思 います。  今だったら異論を唱える方もおられるでしょ う。例えば、競争力の低下した日本企業の組織 文化は時代遅れであって、そこにいても学べる ことはあまりないなどと指摘できるかもしれま せん。ただし、多くの社員を「コンフォートゾー ン」に安住させないという意味では日本の企業 社会はうまくできているような気がします。先 の言葉を言われたときは、正直なところ多少 酔っていたこともあってそんなものかなと気に も留めていませんでした。その後、筆者は帰国 して、日本の企業社会でかなりの年月を過ごす こととなったわけですが、気がつけば、かつて の上司の言葉に同意している自分がいることに 驚いています。