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2010年1月5日
不可逆的な構造変化への対応が課題
チーフエコノミスト
増田 貴司

 リーマン・ショック後の世界不況で、日本の製造業は需要蒸発、資金調達難、円高の三重 苦に襲われた。この三重苦は今も去ってはいない。  08 年以降の世界経済危機は単なる景気後退ではなく、それまで数年間の世界の高成長を 支えていた米国の過剰消費バブルの崩壊であるから、蒸発した需要は元のレベルには戻ら ない。資金調達難はかなり改善したとはいえ、昨年 11 月のドバイ危機が警告するように、 世界の金融システムは正常化にはほど遠い状態である。円相場についても、米国の超低金 利政策の長期化観測を背景にドル離れが進む中、ドル売りの受け皿として円に資金が流入 しやすくなっているため、円高圧力が引き続き根強い。  世界経済危機の前と後とでは世界の風景が一変した。危機後の世界は、以前とは様相を 異にする「ニューノーマル(新たな常態)」に移行しているのである。  では、製造業を取り巻く環境はどのように変わったのか。筆者は、環境変化を考える上 で、①8 割経済、②新興国のボリュームゾーン、③コモディティ化、④安くつくる技術、の 4つのキーワードが重要と考えている。  一番目の 8 割経済は、世界経済危機で蒸発した需要が元の水準には戻らないという意味 で、8 割経済が続くために、設備と雇用の過剰感は容易に解消されない。企業の側でも、8 割経済が続くことを前提に生産体制の再構築に取り組む事例が増えてきた。  二番目は、新興国のボリュームゾーン攻略の重要性が増したことである。先進国経済が 低迷する一方で、アジア新興国が堅調な成長を続けて世界全体を支える構図がしばらく続 く見通しだ。新興国の存在感の高まりに対応して、企業は収益構造の変革を迫られている。 新興国市場の中でも、特に急増しつつあるボリュームゾーンと呼ばれる新中間層の需要を 取り込むことが喫緊の課題となっている。  三番目のキーワードはコモディティ化である。デジタル化の進展を背景に、日本メーカ ーが高付加価値製品を開発しても、想定外の早さで新興国にキャッチアップされ、誰でも 同じような製品をつくれるようになってコモディティ化してしまう事例が増えている。こ の傾向は金融危機後、一段と強まっており、先行開発で勝利した日本企業が事業では勝者 になれないという罠にはまりやすくなっている。コモディティ化をいかに阻止するか、コ モディティ化が進んだ市場でどのように利益を出すかが、日本企業の喫緊の課題になった。  四番目のキーワードは、安くつくる技術である。新興国市場を開拓するとなると、従来 の日本企業の高付加価値製品では過剰品質となり、顧客に受け入れられない。企業(技術 者)が考える「良い製品」をつくるのではなく、新興国の顧客に選ばれる「良い製品」を つくることが至上命題となり、そのためには安くつくる技術が欠かせない。日本企業が新 興国の有力メーカーと提携して、安くつくる技術を手に入れつつ新興国市場での販路拡大 を図るといった動きが今後活発化することが予想される。  以上で見たように、製造業を取り巻く環境には不可逆的な構造変化が起こっている。こ れらの変化を鋭敏に理解し、ゲームのルールが変わりつつあることを認識した上で新たな 成長戦略を練ることが日本企業の課題といえよう。 (本稿は、財団法人 日本生産性本部「生産性新聞」2010.1.5 号に掲載されました)