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2006年11月1日
参禅のすすめ
コンサルタント
森本 有紀

 『お一人様企画』と称し、少し前から「一人で楽しめるもの」を探し求めている。挙げればきりがない企画の数々と自らの飽き性に辟易しつつ、今も「一人でできて続けられるもの」を探している。  その中で、今もって続いているものは、「カフェ飲み」。読んで字のごとく、夜カフェに行き、ビールを飲みながら本を読む(大人でよかったと思う至福の時)ことのみ。それは別にして、一人で楽しめて、かつ自分を見つめられるものとして、企画の一部の「坐禅」を紹介したい。  最近、デトックス効果をあげたヨガ・ピラテスが流行りだが、もう少し渋く、日本人らしく坐禅をお勧めしたい。フットワークの軽い活字中毒者の悲しい性で、暇つぶしの雑誌に触発され、翌週には「参禅」してしまった。  禅宗と呼ばれる仏教の宗派のなかで、私が参禅したのは「曹洞宗」のお寺。細かい作法を語るほど参禅していないので控えるが、何度かやって、私なりの感想をお伝えしたい。  日常生活に表れる効果として、まず姿勢がある。坐禅ではある種不自然な姿勢を続けるため、ピーンと背筋を伸ばさなければ坐り続けられない。もともと猫背で、ふとした瞬間に映った自分の影にガックリきたことは一度や二度でないだけに、かなりの驚きである。続けるとなかなかの美しい立ち姿ができあがっている。また、坐っていると人柄が出るそうだ。「女性の方、顔だけじゃありませんよ。見られているのは」という住職の言葉に、切ないものを感じてしまった。  禅の教えでは「悩み」は「連想法」と言われている。自分で解決できないような問題を「つい連想」して、さも悩んでいるような気になるのが、「悩み」なのだそうだ。  坐禅中に集中するのは「呼吸」と教えられる。私はどこまでも俗人であるため坐禅中に「無」にはなれない。つまらないことを繰り返し妄想しているのだが、吸った息が体を巡り、抜けていくイメージを持ちながら坐っていると、体の隅々まで意識が及び、瑣末な妄想や「悩み」は発生しては、薄れていく。そして呼吸と供に意識を指先から足先、全身へと巡らせることで「身体」を感じることができる。坐禅は体性感覚を向上させ、いわゆる自律訓練法にも似た効果があるようだ。  体を知ることは、己を知ること。心と体が風邪気味の時「禅」を行うと、心の課題、体の課題が見えてくる。「自己メンテナンス」として坐禅は優れた方法と言える。  それ以外の効果としては集中力が上がる(集中が持続する)こと、熟睡できる(眠りに入りやすく、深い)ことなどが挙げられる。  目をキッと見開いて20~30分坐り続けるのは、なかなかの苦行であるが、慣れると心と体が気持ちよいと感じているのが分かる。お寺で心身を「綺麗」にして、帰り道、ビールという名の俗世にまみれる。これがやはり「どこまでも俗人」である私なりの参禅スタイルである。  生活スタイルに合わせた自己メンテナンス法・デトックスとして禅を実行されてはいかがだろうか。