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2011年7月14日
政策が予見不能で産業空洞化が加速
チーフエコノミスト
増田 貴司

1.景気見通し: 焦点は 2012 年以降の回復の持続力・浮揚力に移行  日本経済は、企業の現場力の強さを背景に、震災で寸断された供給網の復旧が予想以上 に早いスピードで進んでいる。このため、2011 年 4~6 月期の景気は従来想定よりも上振 れ気味で推移した。今年後半の景気は、生産活動が正常化に向かう中で、復興需要が顕在 化し、高めのプラス成長に転じる見込みである。四半期ベースの実質 GDP 成長率(前期比 年率)は、4~6 月期▲2.8%、7~9 月期 3.9%、10~12 月期 5.8%になると予想している。  短期的な下振れリスクとして、①景気回復持続の大前提である海外景気の雲行きが少し 怪しくなってきたこと、②大型補正予算の編成が 9 月以降にずれ込む見通しになったこと による復興需要の発現時期の遅れ、に注意する必要はあるものの、経済指標上はV字型回 復の実現がほぼ確実となったと言える。ただしこのV字型回復は、震災後の落ち込みから のリバウンドと復興関連の公的需要によるもので、最初から半ば約束されていたものであ る。すでに景気予測の焦点は 2012 年以降の回復の持続力と浮揚力に移っている。  この点において最重要ポイントは、震災後のビジネス環境悪化を受けて産業空洞化が進 み、潜在成長率が低下した可能性が高いことだ。7 月 6 日、菅首相の唐突な指示で、原子力 発電所に対する追加的な安全検査が決まり、原発の運転停止による国内の電力不足がさら に長期化・深刻化する見通しとなったことで、製造業の海外シフトに一層拍車がかかるこ とは間違いない。  この結果、景気が回復軌道に乗った後も、企業の投資の多くは国内ではなく海外で行わ れ、海外への「需要の漏れ」が生じるため、国内の雇用環境の改善テンポは鈍く、景気は 浮揚力を欠いた展開になると予想される。  日本企業の戦略として海外展開の強化は正しい選択であり、その結果、その企業が発展 すれば、回りまわって日本経済の成長につながる。しかし、予見不能な政策運営を背景に、 企業がなし崩し的に日本脱出に追い込まれていく事態は回避しなければならない。  現状の最大の問題点は、現政権がマクロ経済や成長戦略に無関心で、政策が思考停止に 陥っていることにある。いつの時点で政府が電力供給見通しやエネルギー政策の将来展望 を示し、政策の予見可能性が確保されるかが、当面の注目点となろう(3で後述)。 2.金融環境: 米金融緩和観測による円高圧力が残存  金融政策面で警戒を要するのは、米国の金融政策の行方である。米国ではインフレ圧力 が残存しているため、米連邦準備理事会(FRB)が量的緩和第 3 弾(QE3)に踏み切る可 能性は小さい。しかし、米国経済は住宅価格の下落が続くなか、家計のバランスシート調 整圧力が消費の足かせとなり、バブル崩壊後の長期低迷が続く展開が予想される。このた め、米国景気の減速懸念を背景に、何らかの追加金融緩和策が打ち出される公算が大きく、 その場合は日米金利差要因から円高ドル安進行が避けられないだろう。  為替相場については、東日本大震災直後のG7による 10 年半ぶりの協調介入も、円高ト レンドを反転させるものにはならなかった。米国経済が安定的な回復軌道に乗り、利上げ 観測が高まるまでは、円高地合いが続くだろう。欧州の財政不安がくすぶり続け、米国景気の減速懸念が払拭できない状況下では、投資家のリスク回避姿勢が強まるたびに消去法 的に円が買われ、円独歩高が進行しやすい。 3.注目点: 止まらない産業空洞化 ~ 政策の予見不能状態の解消がカギ  そもそも、日本は製造業の競争力を低下させる要因が山積していた。①円高、②高い法 人税、③貿易自由化(FTA 締結)の遅れ、④突出して高い二酸化炭素の削減目標、⑤厳し い解雇規制など高い労働コスト、といった俗に「5重苦」と呼ばれる試練である。震災後、 これに電力供給不足が加わって「6重苦」となったほか、5重苦のうち、予定されていた 法人税減税が見送りとなり、TPP(環太平洋経済連携協定)参加の判断表明も先送りされ た。  これらを背景に、このところ日本企業の海外生産シフトが相次いでいる。多くの企業は、 震災があったから急に海外生産シフトを進めているわけでなく、震災前から決定していた 海外展開を淡々と実行しているだけとのスタンスだが、震災後に災害対策としてリスク分 散が重視されるようになったことに伴う海外移転の動きが加わった形である。また、中小 企業の ASEAN 各国への生産移転の動きが震災後に強まっているようだ。  成長著しい新興国市場の開拓のための企業の海外展開、日本で付加価値をつけて輸出す るビジネスモデルが成り立たなくなった製品の海外生産移転、事業継続計画(BCP)の一 環としてのリスク分散のための海外生産シフトといった動きは、止まらないし、止めるべ きでもない。しかし、政治の混迷、エネルギー政策や成長戦略の不在のために、これまで 国内に踏みとどまっていた生産拠点がこの国を見限って一斉に海外に移ることになれば、 国内の雇用は大きな打撃を受けることになる。  定期点検で停止中、あるいは今後定期点検に入る原発がいつ再稼動できるかどうか見通 せず、今夏よりも来年の夏の方が電力供給が厳しくなる可能性が出てきた。電力供給に問 題なかったはずの西日本に生産拠点を移した後に、突然節電を迫られ、目算が狂った企業 も少なくない。首相が脱原発・再生エネルギー推進を口にしながら、どういう方向、手段、 時間軸でそれを進めていくかというプログラムが示されず、電力危機の回避に政府の誰も 責任を持っていないように見える。このような環境下では、企業は事業計画すら立てられ ない。  こうした政策の予見不能な状態がいつ解消されるかが、当面の最大の注目点となる。雇 用対策としての空洞化回避策、そのためのビジネス環境整備、経済全体のパイを増やす成 長戦略などの重要性を認識しているというメッセージが政策当局から明示的に発信される までは、日本の産業空洞化に歯止めがかからないと思われる。  景気回復期においては、企業の当該年度の設備投資計画(国内)は年度途中で上方修正 されていく経験則があるが、2011 年度に関しては、ビジネス環境の予見不能な状態が解消 されるまでは、設備投資計画の上積みはわずかにとどまると予想される。日銀短観(2011 年 9 月調査)で示される設備投資計画では、この点に注目したい。 (本稿は 2011 年 7 月 13 日 QUICK「エコノミスト情報 VOL.635」として配信されました)