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2014年9月26日
ビジネス外来語訳の功罪
チーフエコノミスト
増田 貴司

 イノベーションは日本で「技術革新」と訳されてきた。しかし、本来意味するところは「新しい 価値を創造すること」である。技術だけでなく、モノ、サービス、アイデアなどを含む広い概念 だ。全く新規の創造に限らず、既存の製品やアイデアの組み合わせでもよい。また、発明する だけではだめで、経済的価値を生むことが要件となる。  ところが、多くの日本人は「イノベーション=技術革新」と解しているために、それは技術者 や研究者の仕事であって自分には起こせないものと考えてしまう。「技術で優位なら、事業で 負けても敗北感が乏しい」「事業構想の革新に意識が向かない」といった状況に陥りやすい。  同様に、アントレプレナーシップは「企業家精神」と訳されたために、日本では精神論が強 調され、心構えのように思われている。しかし、グローバルな経営の世界では、「既存の経営 資源を超越して事業機会を追求すること」という意味で使われている。  また、情報技術(IT)用語で使うバーチャルは「仮想」という訳語が定着している(仮想現実 など)。このため、虚構や空想という語感がまとわりついたが、本来は「見かけや形は原物で はないが、事実上原物と同等の効果をもつもの」といった意味だ。  これらのキーワードに当てた和訳のズレが、人々の意識や行動様式に影響を与え、イノベ ーションを生まれにくくしているように思える。  公的な場やメディア等では美しい日本語を守るという思いもあってか、カタカナ外来語の使 用を避けて日本語に言い換えることが励行されている。だがこの結果、ビジネス関連の重要 な用語が世界標準とは異なる矮小(わいしょう)化された意味で理解され、日本の産業競争力 を阻害する一因となっている点は、是正策を講じる必要があろう。 (本稿は、2014 年 9 月 26 日 日本経済新聞夕刊「十字路」に掲載されました)