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2010年6月1日
使ってみたい言葉
研究員(繊維調査担当)
安楽 貴代美

  ここ数年間、当誌『経営センサー』の編集作業を担当してきました。毎号、いろいろな原稿に目を通し、文字に触れる作業をしていると、執筆者の選ぶ言葉の中に、独特の傾向、あるいは単純に好みのようなものが垣間見えることがあります。本来、表現の正確性が第一に求められる論文でも、「強い確信を持った言い回し」など、執筆者の気持ちのこもる部分に表れることがあるようです。  かくいう私も、変に思い入れのある言葉、というのが存在します。一例が、『~がましい』シリーズです。『~がましい』という言葉には、未練がましい、言い訳がましい、恩着せがましい、自由がましい、非難がましいなどなど、否定的な意味のものがたくさんあります。個人的な感想として、『がましい』という濁音混じりの音が持つイメージから、否定的な意味も、なるほどしっくりくるという気がしてなりません。しかも、はっきりとした正面からの批判ではなく、多少湿度が感じられます。そういった、音から引き出されるイメージが面白く、私は一連のこの言葉について、つらつらと考えることがよくあります。ただし、残念ながらこれは私の持つ感覚ですので、話し相手の誰とでも共有できるとは限りません。「未練がましい」を面白い言葉だと思ってくれる人が、果たして何人いるでしょうか?   私の個人的な趣味は別として、言葉に対する好みそれ自体は、使い手側の内面が見え、とても興味深いものです。ただ、時として話し手と聞き手の持つ言葉の感覚の間に誤差がある場合、同じ内容を伝えたくても、受け取るニュアンスに微妙な違いが生じることがあります。日常、頭の中で自分との会話を繰り返していると、いつの間にか自分の言葉の好みから、言い回しの選択が定着してしまい、相手も自分と同様の意図で受けとるものと思い込んでしまいます。これは、なかなかやっかいです。失礼な発言をしたつもりは無かったのに、相手を怒らせてしまったということにもなりかねません。反対に、明らかに辞書に載っている意味とは違う用法なのに、お互い違和感無く意図を理解できるということもあります。  けれども、冒頭に述べたような活字となる文章ではそうはいきません。誌面は文字を目にする読者との一発勝負の場です。独特の文体に魅力があり、価値が生まれるということもありますが、当誌『経営センサー』に掲載されるような論文形式の場合、何よりも情報を正確に伝えることが求められます。それでも、テーマを持って論を展開している以上、ここぞという決めの部分も必要です。執筆者の元で、本当は使いたい言葉や、誤解を避けるために補って使うべき言葉などが取捨選択された後、手元に原稿が集まるわけですが、毎回「正確性」と、「筆者の思い入れ」の絶妙なバランスがみられることになり、筆者の苦労が伝わってきます。  さて、そんな『経営センサー』の編集業務でしたが、今号で担当が代わることになりました。様々な分野の論文に触れることができ、私自身、いろいろと勉強させていただく日々でした。後任は、石川裕子さんが務めます。今回、誌面中という晴れがましい場所で、交代のご報告の機会を得、有難い限りです。  ちなみに、『~がましい』シリーズで恐らく唯一の肯定的な意味を持つ「晴れがましい」という言葉を使ってみましたが、やはりちょっと遠慮がちな影を感じさせる、面白い言葉だと思いませんか? ここまで書くと、そろそろ押し付けがましいでしょうか。