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2019年11月18日
社会人の「責任」
コンサルタント
内藤 陽子

 就職活動時、学生がよく聞かれる質問の一つに「学生と社会人の違いは何だと思いますか」があります。  仕事の関係上、企業内定者の考えに触れる機会が多々あり、その流れでこの質問への回答もよく目にすることになります。答える学生のスタンスによって内容はさまざまですが、その中で一番多く目にするのが「責任」「責任の重さ」という言葉です。特に多いのが「学生は失敗しても影響の範囲は自分だけですむが、仕事で失敗すると自分のみならず会社やお客さまに影響が及ぶ」という趣旨の答えです。  中には「学生は失敗しても親や教師が責任を取ってくれるけど、社会人で失敗したら自己責任」という強者もいて、配属先の先輩や上司の方はこの新入社員をどう指導されていくのだろうかと(失礼ながら)大変興味をそそられることもあります。が、多くは前述の文脈から続けて「会社の看板を背負うのだから言動に気を付けなければならない」「仕事でミスをしないように最善をつくさなければならない」という真面目なものです。企業側が期待する回答の一つといえるでしょう。  確かに社会人の言動には、企業の看板を背負うことの責任が生まれます。ただ、ここ数年で気になっているのは、内定者の学生が「責任」という言葉を使うとき、その大半が前述のように「失敗を前提とした責任」を例としてあげていることです。きちんと集計してはいませんが、「責任」という言葉を使って回答している内の8 割ほどがこれに当てはまるように思います。  ここまで似たような回答が並ぶのは、インターネットの影響が大きいのでしょう。実際に検索してみると、多少言葉は違えども異口同音の「模範回答」が並んでいて、就職活動中の学生たちは大なり小なりこれを参考にしているのだと察しがつきます。  現在、インターネット、特にSNS は彼ら学生にとって現実と同じくらい重要なコミュニティといえます。 「いい」と思うことを発信し、誰かに「いいね!」と認めてもらえて、それが複数であれば「自分は間違っていないんだ」という安心感と自信につながります。  また、全く異質な人と交流できるツールでもあります。例えば、趣味や興味ある事柄について、国籍が違ったり親の年代だったりといった人々と対等に意見交換をし、多様な考え方に触れる機会を手軽に得られるのです。  これまでは、冒頭の質問に対する別の答えに「同年代としか交流しない学生と違い、さまざまな価値観を持つ年代と交流するためのコミュニケーション力が求められる」という回答がありました。しかし、今後ネット上で広い交流経験を持つ学生たちは、私たち以上に多様性への適応が進んでいくことでしょう。  一方で、その裏返しにある恐ろしさもまた彼らはよく知っていて、ネット空間の人間関係に過敏になる人も少なくありません。  例えば無反応への恐怖です。Instagram に投稿して「いいね!」がつかなければ削除してしまうという極端な例も聞いたことがあります。  「失敗」や「意見の相違」に対して不特定多数が必要以上に乱暴な言葉で攻撃する、いわゆる「炎上」についても、ニュースで耳にすることがままあります。  その引き金となることが多いメディアのインタビューやネット記事では「どう責任を取るのか」とか「問われる自己責任」とかいった言葉をよく見かけます。  学生にとって社会人という未知の世界で使われている「責任」という言葉、そこに負のイメージが強ければ、対極にいたいと思うのは当たり前の話です。  だからこそ「そうなりたくない(からやる)」という動機は自他ともにとても納得しやすいものですし、ネット上にまん延している「模範回答」は使い勝手がよいのでしょう。  とは言え、バーチャルだとしても経験豊かな学生たちです。「失敗」を語る裏で、近い将来「責任ある仕事を任される」「責任をもってやり遂げる」そんなふうに仕事をしている自分を思い描いてもいるでしょうし、社会人になれば現実の経験の中でそれぞれの「責任」を認識していくでしょう。  それは承知の上で、最近では私自身が「失敗」とセットの「責任」に辟易し、目にするたびにそうじゃない「責任」を言葉にしてもらうにはどうしたらいいのだろうと考えます。これから社会人となる学生たちに届く形で、そういう発信をしていくこともまた、社会人である私たちの大切な「責任」ではないかと思うのです。